地デジ対応
木屋 亞万

あさ起きて、いつものように眼鏡をかけた
しかし何も写らない
眼鏡が写らないと何も見えない、
それは識別不能の抽象画の世界
超印象派な日常

ベッドサイドで頭を抱えていたら
妻が起こしに部屋へ来た
「どうしたの?具合悪いの?」
「いや、何も見えないんだ」
「それは大変じゃない?目の病気かしら」
「いや、むしろ眼鏡の具合が悪いようだね」
「あ!その眼鏡もしかして地デジに対応してないんじゃないかしら」
妻はそういうと相談の電話をするためにどこかへ行ってしまった

眼鏡を外してもぼんやりとした世界しか見えないので
眼鏡をかけたままじっとベッドに腰掛けている
目の前が真っ暗だ
朝の光が部屋に降り注いでいるはずなのに
明るい光は視界の隅でチラチラしているだけ
レンズの端からわずかに差し込んでくるだけだ

眼鏡が写す真っ暗闇に目を凝らすと
そこを砂嵐が舞っている
この眼鏡はもう使い物にならない
まだまだ使えたはずなのに
ずっと慣れ親しんできたのに

これは僕の目だった
雨の日も風の日も
気持ちの良い晴れた日も
僕の耳から鼻へぶら下がっていた
僕の汗を吸い、涙を吸い
僕とともに年老いて、汚れてきたのだ

妻が部屋に戻ってきた
「新しいのを買いに行きましょう」
「新しいのはいらないよ」
そう言いながら眼鏡をはずし耳にかける部分をじっと見る
「これ、どうしようか、壊してしまおうか」
フレームにぐっと親指をかけたけれど、力を込めきれなかった
眼鏡を外したまま妻の顔が見える位置まで近づくと
鼻がぶつかった
そのまま不恰好に唇へキスをして
泣いた
これからは自分の目で世界を見る
僕には目の良い妻もいる

それから
はっきり見えなくても
空はとてもきれいだと気付いた



自由詩 地デジ対応 Copyright 木屋 亞万 2010-07-06 00:39:12
notebook Home 戻る  過去 未来