ピチカカ反応
木屋 亞万

ピチカカという鳥がいます。それはとてもめずらしい鳥です。満月の光に当てると羽が青く光るのです。ピチカカ鳥は新月の夜に生まれます。そして満月の光に当たると青く光り輝き、月が沈む頃に卵を産み落として死んでしまうのです。なぜ満月の光なのか詳しいメカニズムは解明されていません。太陽の光にも蛍光灯の光にも、その羽根は何ら反応を示しません。月夜の晩に外に出すとほんのり青く光るのです。満月の夜のピチカカ鳥の青い閃光を見た者は、ひと月分の幸せを約束されると言われています。現在生存が確認されているピチカカ鳥は全部で三羽。そのうち繁殖を目的とした研究用に一羽だけ、人間の手元で育てられています。育てると言っても、餌として固形物を食べることはない鳥なので、人間は何もすることがありません。ただ満月の夜に籠から取り出して月光に当てて、翌朝に卵を回収するだけです。次の日の朝には光り果てて真っ白になったピチカカ鳥の傍らに、南国の海のような透き通ったマリンブルーの卵が産み落とされているのです。暇をもてあました飼育員と研究員は、ピチカカ鳥の剥製を金持ちに売り飛ばしました。普段のピチカカ鳥はただの黒い鳥でその辺にいるカラスと素人目には何の違いもない鳥です。そのため、ただのカラスをピチカカ鳥だと言って売ったのです。すこし賢い研究者になると黒いカラスを白く染めてから剥製にし、もっと賢い科学者は白いカラスを剥製にして金持ちに売り飛ばしていたそうです。ところが本物のピチカカ鳥は死んでしまうと、空気の抜けたゴムの風船のように皮膚がくっついてしまい、剥製にはできません。餌を食べないため肉がなく、皮も薄く羽根はとても柔らかいので、無理な力を加えると羽根はすぐに抜け落ちてしまい、くしゃくしゃになってしまうのです。そして不思議なことに死んだピチカカ鳥には骨が見当たらないのです。しかし、この説明の方が嘘だと思われてしまっているようで、ピチカカ鳥の剥製や骨格標本は今も高値で取引されています。
ところで、なぜこの鳥をピチカカ鳥と言うと思いますか。その由来のお話をしてあげましょう。
昔、家へ帰ろうと森を歩いていた樵が、木々の闇の中で月の光に青く光る鳥を見つけました。彼はその鳥を持っていた上着で捕まえると、家に持って帰りました。朝起きるとその鳥はカラスのようなただの黒い鳥に戻っていました。昨夜はかなり酔っ払っていたので、もしかするとこれは何かの間違いだったのかもしれないと思いました。とりあえず、男はまた夜になるまで酒を飲んで待つことにしました。朝から酒を飲み続けた男は、昼過ぎにはすっかり眠りこんでしまいました。そして、閉じている眼の前を、強い光が横切る気配によって男は目を覚ましました。辺りはもう夜になっていました。そして、机の上を歩き回り青光りする鳥を見たのです。男はその鳥を見せ物にすることにしました。ピチカカ鳥は満月の夜以外でも、月光に当たるとぼんやりとした青い光を放つので、男はそのピチカカ鳥の光を見せ物にして一儲することができました。鳥を見せ物にした収入は、それまで飲んでいたものよりも数段よい酒を飲むことができるくらいの儲けになり、男は鳥を見せること以外の仕事はしなくなってしまいました。ところが、新月から満月までは見せ物としてお金儲けができるピチカカ鳥ですが、満月から次の新月までの間はずっと卵のままなのです。ピチカカ鳥が卵になると、客はほとんど寄り付きません。男が一生懸命その鳥について説明をしても肝心の鳥が卵の状態では客も金を払う前に逃げてしまいます。男はピチカカ鳥が卵のときはすっかり酒に溺れるようになってしまいました。そのうち、ピチカカ鳥が生きている間に稼いだ金を使い尽くして、卵が孵化するのをイライラしながら待つということが多くなってきました。そして、ついに彼は満月の晩にピチカカ鳥を洞穴に閉じ込めることにしたのです。彼は満月の光にさえ当てなければ、ピチカカ鳥はずっと生き続けるのではないかと考えました。もしずっと生きていれば儲けは単純に倍になります。いいえ、もしかすると倍以上になるかもしれないと男は思っていました。いつも青く光る鳥の評判が広まった頃に、鳥は卵になってしまい、増えかけた客も結局は元の量に減ってしまい、歯がゆい思いをしたことは一度や二度ではなかったからです。もし鳥が生き続ければ、客はどんどん増え続ける。そうすれば、男は酒を飲み続けることができる。男は飲み仲間を呼んで四人がかりで、洞穴に大きな岩の蓋をしました。そして、その蓋の前でじっと座って夜が明けるのを待っていました。そのうち男は仲間たちと酒を飲み始め、月が昇りきる頃には完全に酔いつぶれて眠ってしまいました。ふと尿意を催した男が目を覚ますと、ピチッピチッという音がするのを聞きました。その音を辿っていくと洞穴に蓋をしている岩の下の方からピチッという音が聞こえてきます。耳を澄ませると、ピチッという音の合間にカカッという音がするのもわかりました。男はピチカカ鳥が嘴で岩を突いているのだと思いました。ピチカカ鳥の嘴がどれほどの硬さなのか、男は試してみたことがなかったのでわかりませんでしたが、仲間を起こして蓋の上にさらに蓋をすることにしました。しかし、ピチカカピチカカと音は鳴り続け、その音はどんどん大きくなっているように感じられました。男たちは顔を青くして、どんどん石を積んでいきました。そうしているうちに、飲み仲間の一人が地平線を指差して「あ」と言いました。空が白んできたのです。「やった、やったぞ」と男は言いながら、今度は石を退け始めました。実際、ピチカカ鳥を満月の光に当ててなかったのは今回が初めてだったので、中がどうなっているか誰にもわからなかったのです。石を積み上げるのは大変でしたが、それを崩すのはとても簡単なことでした。男たちは足で蹴り、棒で押し、洞穴の前の石と岩を退けていきました。ようやく最後の一枚になったときに、男たちはピチカカという音の大きさに驚きました。何かが壊れそうになっているような音でした。最後の一枚をまた4人で退けようというときに、仲間の一人がその得体の知れない音にビビッて逃げていってしまいました。男たちは彼の情けない悲鳴を笑いながら、何とか三人で岩を退けようと動き始めました。4人で動かすのも大変な岩でしたから、疲れきった三人で動かすとなるとかなり大変な作業でした。三人で息を合わせて最後の力を振り絞り、岩を押し転がすと三人とも崩れ落ちるように尻餅をつきました。それほどまでに大変な作業だったのです。そして、深い息をひとつついて、洞穴の中を覗くとちょうど男たちの後ろから太陽の光が洞穴に差し込んできました。光に照らされた穴の中で、ピチカカ鳥はぱんぱんに膨れ上がっていました。最初は大人の頭くらいの大きさだったピチカカ鳥が、相撲取りくらいの大きさに膨れていたのです。その薄い皮膚は枯れた大地のように深くひび割れ、黒かった色は痛々しい桃色になっていました。体が膨らむたびに、皮膚のひびはピチッと音を立て、その嘴は苦しそうにカカッと鳴くのです。そのピチッという音も、カカと鳴く声ももう限界に近いようでした。「カカッ!!」と鳴く声はもはや断末魔の叫びです。
 太陽の陽射しが完全にピチカカ鳥を照らしたときに、ピチカカ鳥ははじけ飛びました。そこから後は、逃げ出して遠くから見ていた彼らの仲間が見たという話なのですが、弾けたピチカカ鳥の破片が飛び散り、その多くは煙になって洞穴の辺りに立ち込めたそうです。尻餅をついていた彼らは、やがてバタバタと苦しみ始めました。顔や手足が青くなったかと思うと、今度は見る見る白くなっていきました。足だけが青白く光り輝き、彼らは足をバタバタと地面に打ちつけ、七転八倒してのた打ち回りました。「ぼんやりとした青い光があいつらの身体を覆ったと思ったら、全部足のほうに集まっていったんだ。まるでアレだ。静脈を全部足に集められているみたいな感じだったよ」と仲間の男は言ったそうです。やがて、すこし落ち着いたのか、体力を使い果たしたのか、かかとは相変わらず激しく地面に打ちつけているものの、転げまわるような動きはしないようになりました。もうしばらく経ったときに、最初に鳥を見つけた樵の男のかかとがピチッと裂け、そこからマリンブルーの卵が出てきたのです。残りの二人の男も、ピチッとかかとが裂け、そこからマリンブルーの卵がこぼれ出てきました。両足から卵が出てきたのですがマリンブルーでない方の白い卵は、それから何度新月を迎えても孵化しませんでした。このような話から、ピチカカと割れる鳥、ピチッとかかとが割れて生まれた鳥というようなことで、ピチカカ鳥と呼ばれるようになったのだそうです。ちなみに、通常の産卵ではピチカカ鳥は生涯に一つの卵しか産まないので増えることがないのですが、このお話が本当なら一羽から三羽の鳥に増やすことができます。しかし、ピチカカ鳥を知っている人は、大抵その由来も知っているので、自分の命を犠牲にしてまでこの鳥を増やそうと思う人はいないようです。ピチカカ鳥に夢中な人々は、ピチカカ反応といわれる未知の化学反応を解明することばかり考えているみたいです。


散文(批評随筆小説等) ピチカカ反応 Copyright 木屋 亞万 2010-06-23 00:15:39
notebook Home 戻る  過去 未来