憂い
木屋 亞万

私のからだの過半数が私に死を命じている
花が春に咲くために
陽気さを私から奪っているのだ

真に美しいものを腹の底から渇望する
出来合いのものはもう冷めていて
油は白く固まってしまっている
自分で作らなければならない
と、筆をとる

茎が生えてくる
そぼろのような大地から
兄弟のように二本
長い方が兄だ
未熟なほうは妹であろう
女の方が先に花を咲かせるのは
もはや世の常と言っていい
兄は葉を繁らせて兄弟を養うのみだ

私の筆は音を描けない
纏まった毛先は歌うことを知らず
年頃の女のように枝毛ばかりを気にしている

私の指先は映像を掴むには短すぎる
私が捉えた風景はどれも静かに止まったままで
目を閉じたまま泥のように眠っている

 枝は外側に開くように曲がりながら伸びていく
 日々太くなっていく幹から離れたがっているのだ
 やがて枝先は幹とのつながりを毛嫌いするように
 ぱらりぱらりと葉もろともに落ちていく
 妹は小さな実を残していなくなってしまっていた
 実は種となり
 種はそぼろのような土の中へと
 消えた
 やがて芽が出る、と兄は思っていたが
 妹の種が芽吹くことはなかった
 兄は泣く機会を逃し続け
 すこしずつ生きる気力を失っていった
 誰かのために生きるということは
 あまりに脆く
 葉もろともに落ちる枝のようである

私の身体が私を殺そうとしている
私の細胞の中に反旗を翻す者たちがいるのだ
やがて彼らの声は体中に転移し
私の身体のすべてを奪っていくのだろう

枕もとの蕾が
私の陽気さを日に日に奪っていく
その花が開いたとしても
実を結ぶことはないというのに

若くうつくしい女が隣のベッドで眠る
長い黒髪を後ろでひとつに結わえている
私は彼女の纏まった毛先で美しい言葉を紡ぐ夢を見る
彼女の声は山から吹き降ろす風のように低く
とても力強い
私は西行の歌の話をしようと思っていたのに
彼女は西田敏行の歌の話をするのだった
私の指はまだピアノを弾くことができない

春までは生きていたい
そこに苦痛で溢れたギロチンが
口を開けて待っていたとしても
私の人生が美しいもので満ちるように
今日もまた筆をとるのだ


自由詩 憂い Copyright 木屋 亞万 2010-02-20 18:13:35
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