さよならの合図
木屋 亞万

あなたが私でいる間は
私はあなたでいようと思う

今日は寒くてとても晴れていた
私の中は雨が降っていて
温かい一日、ポケットの懐炉のよう

そこには龍が浮かんでいる
飛ぶという表現では大袈裟すぎる高度で
枝に引っかかった蛇の目で
私を威嚇して
お前を殺してしまいたい
という目をした刹那
目の焦点を
狂わせて
黒目は両端の上部に引っ張られていく

磁石の目をした
おもちゃの金魚はひんがら眼
水の入ったプラスチックのお腹を押すと
ぺこんと凹んで短い首と顔を反らせる

さよなら、さよなら、
合図は三回、さようなら

あなたがあなたについて悩む
あなたの思うあなたは
あなたが見るあなたと違う
あなたは私をそぎ落とす
パック詰めされる細切れの私に気付きもしないで

金魚は龍になるのだと私は思う
それは鯉だとあなたが言う
あなたと私は目が合わない
マトリョーシカのような入れ子式
金魚のおもちゃは龍になるだろうか

百年経てばどう?と訊けば
その頃はもうみんな死んでいるからと言う
私はあなたがわからない
あなたの中に閉じ込められている私がいる
そしてそれは結局私に似た私でないものだった

鶏の頭はいつ枯れ始めるのだろうと思う
いまが見ごろだねと君が言う

懐炉はいつか冷たくなるね
肌身離さなければわからないさ
でもいくら必死になっても懐炉は冷めていくもの
君の体温で包み込んであげればいいだろ
寒くなってきたらそれも無理だよ


さよならの合図は
どれだけ美しく飾り立てようとしても
寒い夜の生ぬるい涙
錆びた鉄の匂いが
さびしい


自由詩 さよならの合図 Copyright 木屋 亞万 2009-11-30 01:35:14
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