製氷器。午前0時。
あぐり



ハロー。ハロー。現在は午前0時。製氷器の夜の始まり。僕の心の灰色に濁る部分が、とろとろと、どろどろと、流れ出していきます。うつぶせ。あおむけ。寝がえり。どうしたって零れていきます。ハロー。ハロー。答えは無いですか?溢れる、溢れる心の灰の水の心。冷凍庫から製氷器を取り出して。胸の下に置きます。とろとろと、どろどろと。製氷器に入っていく、侵していく。灰の水。心。というもの。呼ばれているもの。を。分析してみようと思う。でも本当を言うと、分析なんて出来る程冷静ではなくて、冷えきっているのは手とか足とか白蛇が絞めつけているところばかり。だから温もりが欲しくなるのに平熱35,8度の僕には人肌があつすぎて心がどろどろしていくのもわかる気がする。声が出るうちにハロー、ハロー。誰も来て欲しくはないけど、誰かには来て欲しい。目からもどろどろ。こちらはすきとおっていて、あつい。でも心の灰の水は濁っていて冷たい。冷たいくせに固まってくれずに布団を汚していく。製氷器、製氷器、手が白く冷たいふちをなぞる。製氷器。隣からの寝息が愛しいくせに、どうして、どうして僕を置いていってしまうのと揺さぶり起こしたくなる程憎らしい。どろどろ。とろとろ。愛しているの不思議。愛も本能なのに、どうして先に寝てしまう?僕は製氷器をひっしと抱きしめて目をゆっくり閉じようとして、何故か宙に浮かぶ冷たい光を追いかける。目を見開く。目を異様に見開く。暗闇の中で製氷器をかき抱きながら目を異様にぎらつかせて見開いている僕はおかしいですか。こんなことを考えていたら心の灰がもっと、もっと熱をもって、指先たちから熱を奪いながらどろどろしていく。これでは製氷器が溶けてしまう。あの素晴らしい凛とした直線のフォルムが崩れてしまう。冷まして、冷まして。息が荒くなって吐息・溜息を吹きかけては冷ますけれども。肺も熱をもって全く冷めやらぬ気配です。ハロー、ハロー。ハロー、ハロー。モールス信号なら・- ・・-。・-・・-。もう言葉には出来ないのです。-・- -。-・- -。指が動きません。目だけがぎょろりぎょろりと動く、暴れる。目に見えない光が欲しいのです。駆けていく足の意思。欠けていく脳味噌の岸。川。川になって河になって海へ。海へ流れていくのですか。僕が求めて必死で必要としている心の水が次々に零れて海へ流れる。冬の曇りの海の色だから、僕の灰の水は何食わぬ顔で魚や貝やサンゴたちを殺していくのだ。防ぐ?防がなければならない?でも思考が止まらないように心の灰の水の心も淀みなく流れていくよ。午前0時を過ぎて、夜が白濁していく。深呼吸を、呼吸を昔、教えてもらいましたが、肝心な時にその方法を忘れてしまうのです。夜は限りなく白く、孤独に近い。それは誰かがいても変わらない理なのだと思うよ。製氷器にどろどろと、とろとろと溢れていく心の灰の水の心は、時間を視覚化させているようです。何もかもが僕の中で、物理的に静止しているというのに心の灰の水の心だけが流れて流れて止まってはくれない。流れるという事象で僕は覚えていない昔の哀しい双子を思い出したけれども、他人になる一歩手前のその子供を僕はやはり覚えていません。白蛇の方がこんなにも近くにいるから僕は白蛇と家族なのかもしれないと思う。家。の恐怖心。もうそれはこの夜が永久に明けないという事と似ているかもしれないのです。諦めますか?それでも右手が握っているのは心の灰の水の心を凍てつかせて凪にする製氷器という道具だから理性とか本能とかその間とかわからないところで諦めていないのでしょう。夜はこれからも深くなっていって製氷器の白い光も見えなくなるかもしれない。目を閉じられない僕の前で白蛇がきらびやかに叫び続けていくから、愛しくてせめて、名前を僕が呼べたなら良いのにと思うのです。そうしている間にも製氷器に溢れていく僕の心。心。きっと1つの製氷器では足りない。明白な事実。でも僕の家の冷凍庫には製氷器は1つしかないのです。布団に沁みていく僕の心は朝というものがきたらどんな風に輝いて僕を安堵させるのだろう。もうすぐ一時間が経つのですが止まってはくれない病んだ止まずの心の灰の水の心。灰色に濁って冷たい。指で少しすくいとってみたいけれども指はおろか足も首も、もう寝がえりすら出来なくなった自分に気付く。そのくせ震えているのは白蛇が僕を絞めつけているからに違いないのです。白蛇の白と、製氷器の白さ、そして僕の見開いた白眼の白は全て違って、一等綺麗なのが白蛇の白。一等優しいのが製氷器の白。一等哀れなのが僕の見開いた白眼の白です。世界に誰の温もりも感じなくなって、自分の灰の水の熱だけが確立するのです。ハロー。ハロー。もう夜は更けていくだけの機械で明けることなどありません。製氷器が震えているのは僕の震えが伝染したからです。早く速く凍って固まって僕の眼を閉じてください。脱力しながら何処かに精一杯力を入れて荒れないように、溢れても波はたたないように。深い夜の入り口でいつまでも僕が思うことは。ハロー。ハロー。製氷器を胸の下に置いてどろどろと、とろとろと落としていく心の灰の水の心。海に流れたなら午前0時が終わる頃のハローという震わせない声だけが、固まらずに浮かび続けていくのです。ハロー。ハロー。





自由詩 製氷器。午前0時。 Copyright あぐり 2009-09-18 21:35:20
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