人差し指の肯定
あぐり

アイデンティティの喪失なんて言うほど大仰なもんではないにしろ
僕はやっぱり珈琲を美味しく飲もうと思って駅前に行く

アザミが何本か生えている筈の丘は
見事に草が刈り取られていて
アザミに何の思い入れもない人達によって
例外なくアザミも消えていた

何かを運命だとか必然だとかいうつもりはないのです
君が貸してくれた本を読みながら
いつの間にか氷は全部溶けて薄い液体に変容していたし
今すぐにでも会いに行きたいなんていうのは
幼稚じみた考えなんでしょうね
何かを運命だとか必然だとかいうつもりはないのです
ただ今日アザミが見られなかった僕は
帰る場所がわからなくなった、
若しくはもともとそんなものなんて無かったツバメの様に思える

もうすぐ夏だからと
そろそろ用意しなくてはならないものが
君にも僕にも他の誰かにもあって
それが重ならないから世界は機能できているのだろう
偶に重なった事を
彼らは運命とか呼ぶのかもしれないけれど
僕と君の間にあるものは空気感染の結果でしかないから
あんまり何の期待もしていない

本の登場人物を君とか僕とかに当て嵌めても
やっぱりしっくりこないものだから
僕は君に会ってもう一度何か言葉で確かめなくてはいけないのかもしれない
でもアザミを捨てた、見られなかった僕には
夏の残像がちらちら瞬いて蜃気楼
今でも消せないメールと僕の身体の表面
何かを運命だとか必然だとかいうつもりはないのです
もしそんなものがあったとしたって
僕らに降るのはせいぜい夕焼け前の雨ぐらいです

宛てる人もいない手紙を書き綴るのが趣味なんていう
くだらない僕を笑わないのが君の主義で
だから誰かが君の何かを笑っても僕は笑いやしないよ
全部違っても構わない
何も重ならなくてもそれが良い
どっかから声を出さないといけないって
焦る未熟な僕に
君はただ
人差し指を唇に触れさせた






自由詩 人差し指の肯定 Copyright あぐり 2009-09-11 23:44:09
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