愚かなる恋の顛末
佐々宝砂

新字新仮名編)

憂いと恋を取り違えし愚かなる女あり。
己が憂いは詩人の言の葉ゆえと逆恨みして、
詩人の口に轡を填め己が耳に大鋸屑を詰めしが、
詩人の指ひらひらと動きなお言の葉を綴りたり。

されば女、出刃包丁にて詩人の指を切り落とし、
己が両眼を瓦斯の炎にて灼きたれど、
詩人の言の葉の数々、女の脳髄を駆け巡り、
夜も昼も五月蠅うるさければ眠るを得ず。

消えやらぬ言の葉にようやく己が心悟りて、
女いよよ錯乱し乱れたる髪もそのままに、
夜の街を経巡り彼の詩人の姿を求めたり。

されど彼の詩人すでに西方に去りしかば、
もはやこの世にては出逢うこと叶わず。
あわれ言の葉ゆえ詩人は死し女は狂せしとぞ。

   

正字舊假名編)

憂ひと戀を取り違へし愚かなる女あり。
己が憂ひは詩人の言の葉ゆゑと逆恨みして、
詩人の口に轡を填め己が耳に大鋸屑を詰めしが、
詩人の指ひらひらと動きなほ言の葉を綴りたり。

されば女、出刄疱丁にて詩人の指を切り落とし、
己が兩眼を瓦斯の炎にて灼きたれど、
詩人の言の葉の數々、女の腦髄を驅け巡り、
夜も晝も五月蠅ければ眠るを得ず。

消えやらぬ言の葉にやうやく己が心悟りて、
女いよよ錯亂し亂れたる髮も其の儘に、
夜の街を經巡り彼の詩人の姿を求めたり。

されど彼の詩人既に西方に去りしかば、
最早此の世にては出逢ふこと叶はず。
あはれ言の葉ゆゑ詩人は死し女は狂せしとぞ。


自由詩 愚かなる恋の顛末 Copyright 佐々宝砂 2004-08-30 06:50:53
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