そのころ、それを聴いた僕たちは
水町綜助

いつだって窓は
逆光に黒いコンクリートを四角くくり抜いて
冷たさと
まだ見ぬ町と
まだ起こらない出来事と
未だ語られない言葉と
遠い町の中を走り抜ける音で彩色された
真っ青な空を映していた

僕たちがそこにいたころ
屋上という屋上は鍵をかけられていて
鍵を持っている老人の取り越し苦労は
逆説的に地下鉄の走行音だとかに取って変えられたようだった
たぶん僕たちは何がしたかったわけでもなく
ただ、あの歌のように
そこで真っ青の中に溶けていく
ゆううつの翳りと
発泡性のある日々の音を聴きたかっただけだった
そして僕たちは
ノブを壊すほど衝動的でもなかったし
もちろん
窓を割っても落ちるだけ
ということを知っていた



さしあたり行くところがないので
僕たちはとりあえず
夜が来るのを待ち
影が溶けてから
街へでも出ることにした
追いかけっこをしながらやがて
アルコールが視界にうっすらと満ちて
ふらふらと歩けば
さざ波がたつほどに酔った頃
曲がり角でけっつまずいて転ぶように
女の子と知りあって

ー彼女は大抵酷い酔い方をして、
道にうずくまってえづいていた。
吐き出すものにかたちはない。
ただどうしようもなくえずいていた。
そしてこれはなんの比喩でもない―

街の光の落ちくぼんだ
市バスのロータリー停留所で
植え込みの湿った土の匂いを
背中に嗅ぎながら
瞳の鳶色と
黒の曖昧な
わかれ方を
のぞき込んで
光がないから
みえなくて
光があれば
黒く濡れているなかに
僕の黒い真円が映って
その中に暗闇を映し返して
どこまでも続いていくのに
光がないから
深い森の中
美しい沼のような
アパートに沈み込んでいくことになる
静かな音楽を聞きながら
そこには丸いオレンジのような夕陽が射し込んだけれど
長く届きすぎる光は
いくらか乾かすので
あるいていけるようになる
僕は森の外から目を細めて
木立の間にかすかにゆれる沼を
そこで泳ぐ男のすがたをみている
左目に広葉樹の斑な影を張り付けて



五月雨が降って
路傍の
彼女の吐き出したものを洗い流す
曲名だけを浮かべて
音は流れない
雨は降り続いている
夜の間中
肩に雨粒の冷たさを感じながら
晴れ渡った夜空を僕たちは想像する
それは濃紺で
僕たちを
街の公園の
噴水の中に落ちている
十円玉を見ただけで
笑わせるほど
馬鹿げて
揺らいで
滲んで
とても


自由詩 そのころ、それを聴いた僕たちは Copyright 水町綜助 2009-05-05 23:27:33
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