単純な喜びについての単純な唄
佐々宝砂

1 夜の庭で

白い米を
黒ずんだ木の升で三合量る

最初のとぎ水は
庭に撒く

立秋を過ぎたので
コオロギが鳴いていて
いるか座が光っていて

だから私はしばらく庭にいた



2 蒸しパンの匂い

新しい本を借りてきた

お金はないけど
時間はたっぷりあるので

引き出物の砂糖と
特売の小麦粉と
近所の農家にもらった卵と牛乳で
蒸しパンをつくって

お茶をいれて

本を読みながら
蒸しパンをたべる

蒸しパンの屑が
本にこぼれたら悪いなと思いながら



3 夕暮れの川

日がかげりはじめて
淵の青は濃さを増してゆく

ちらちらと白くひらめくのは
鮎の背
もう泳いでいる子供はいない

まだ蝉は鳴きやまないけれど

そろそろ帰ろう
帰ったら母と夕飯をつくろう



4 赤い舟

稲刈り間近の田んぼに
幾本も立つ赤い旗

風が吹けば
金に緑に波が立ち
赤い旗は舟となり

どこにもゆかない赤い舟は
私を乗せて旅に出る



5 月光の庭で

月の光を見ながら眠りたいのだと
だだをこねて

一夜
庭で寝た

こんなに月光があかるいと
きっと眠れないと思った

眼を閉じても
月光は頭蓋にしみこむようだった



6 西瓜とそらまめ

大きな西瓜を井戸で冷やして
八人で食べた

井戸のふちには
なめくじがいっぱいいたのだけれど
七人には内緒にしておいた

畑からそらまめを採ってきて
一時間かけて殻を剥いて塩ゆでにした

そらまめには
白い芋虫がいっぱいついていて
これは内緒にしておけなかった





(初出 詩人ギルド だいぶ昔の作品です)


自由詩 単純な喜びについての単純な唄 Copyright 佐々宝砂 2004-08-14 00:06:21
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