夕日夕食
木屋 亞万

まだ少し暑さが残るので
冷房のスイッチを入れる
と、角が取れた熱は
あっさりと部屋を去り
すぐに肌寒くなる

ひと夏の情熱が
夕日のごとく悶えながら
大地へと沈んでいく
ヤカンがゴツゴツと煮え
茶葉を蒸らす蓋の奥
台風が歩速で移動している

去年旅先で手に入れた
和風のマグカップに注ぐ
湯気の白い糸筋が
絡み合おうとして消える
取っ手が取れたその器は
風が去り和の心を得た

熱いお茶が喉を温め
吐く息が丸い熱を持つ
楽しさの終わる味がする
今年の夏は何もなかったのに
ああ、そういえば空腹

久しぶりに肉が食べたい
夕日のフィレを食べよう
そういえばウェルダンで夕日を
出してくれる店があった
まだやっているだろうか

私がかつて食べたのは
秋の夕日だったはずだが
その後の焙じ茶の味が
忘れられなくて
夕日の味を覚えていない

夕日狩りが仕事の旦那さんと
夕日の郷土料理を作る
笑顔が甲高い奥さんの店
そこで譲ってもらった
和風のマグカップと
焙じ茶の茶葉

彼が秋に取り残される前に
一緒に食べたのが
夕日のステーキだった
もう季節が一周して
彼を周回遅れにしそうな私

かなしみの角が取れて
焙じ茶が染み込んでいく
夕日は一日一塊取れる
鯨の何倍もある肉を
人々は分け合う

夕日の肉は死人の肉だ
という噂も聞こえるので
食べるのを控えていた
死人を口にする事を
嫌う倫理感からではなく
食べたくない死人がいたから

今はむしろ食べたいと思う
焦りながら沈んでいく夕日
あの夕日に彼も紛れているのだろうか
と考えてしまう、私は
夕日に大きく手を振り
彼を抜き去っていく
生きている限りは強制的に
私は季節から送還される

店を探そう
血を滴らせ
肉を喰らおう
ミディアムレアで
沈みたての夕日


自由詩 夕日夕食 Copyright 木屋 亞万 2008-09-18 00:26:49
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