夕焼けヒッチハイク
木屋 亞万

黒い雲です空一面
私は黒い傘を持って
駅まで旦那を向かえに行きます
雨が降るだろうと思っていました


天気予報で小娘、憂鬱な芝居をしながら
急な雨にご注意くださいと言いましたから
人間的に信頼ならぬ小娘だから
予報は抜け目なく当てると思いました


夏、湿度が残る駅の階段
黒ずんだ白い床に立ち、旦那が帰るのを待ちます
二人で歩いて帰るという少し先の自分を想像し
旦那が恋しくなります
夏の終わり、一七時半頃に家事を繰り返すだけの
自分が切なくなることがあるのです


虚しさは自由の影として、別の選択への羨望に駆り立てます
退屈は安定の副作用として、刺激と衝動の渦に私を呼びます
電車が核から末端へ働く群れを解きほぐし
さらさらの血液のように人々の流れ去る改札で
旦那は来ません


旦那は死んでしまった、という妄想をします
可愛そうで魅力的な私を一日の終わりに残して
傘をにぎりしめます
私も芝居に酔っているのです
憂鬱な黒い雲を眺めようと、階段を降ります


シゲキがタリナイ
まだ私は場違いな役者のようで
今にも舞台から追い出されそうです
雨が降ってきました、狂気の雨、強襲の、郷愁
私の魂は身体から染み出して、風待ち、ヒッチハイク、暗転


風を乗り継いで雨の宿り木へ
掴みどころのない黒い塊を突き抜け
夕暮れです、夕焼けです、黒雲の上に白雲
偏西風に逆らって鮭のように上流を目指します
イクラみたいな命の塊、夕日です、優しい赤です
私にだけ夕暮れです


筋書き通りに黒い傘を広げます
夜が来ます、日が沈みます、傘の骨が砕けて風に散ります
雀の涙ほどの星です

旦那が帰ってきました、今日も汗くさいです
田んぼで虫が鳴いています、雨は止んでいます




自由詩 夕焼けヒッチハイク Copyright 木屋 亞万 2008-09-04 00:10:57
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象徴は雨