水のうえの夜
木屋 亞万

のどの乾く夕ぐれ
雲があかいのは
燃えているからか
くろい腹の雨雲が
こげた水を降らす

声が出ない火傷
つめたい水が喉の
痺れをあらい流す
希望がむなしい
なまぬるい雨と
煙りがからみつく
水はあるのに飲めない

助けを呼ぶよりも
逃げなくては、どこかへ
心配な人たちが耳鳴り
幻聴に我を呼ぶ
我思うゆえに一人あるく

五感を疑いはじめる
とんでもない悪夢の
寝苦しい夜かもしれない
じきに目が覚めて
寝汗をぬぐう
幻をおもう

歩く孤独な人のむれ
距離感のうしなわれた道
のこされた廃墟をあるく
雨さえもしずかで
耳鳴りが天までひびく

あの夕ぐれの向こうに
我を緊張させるあの子が
待ってくれていると思う
彼女が我をやさしく呼ぶ
地平があかい
雲がくろい
人が皆、膨脹していく

地平があかいのは
燃えているからか
もう夜になっても
おかしくない頃だ
誰も助けに来ない
気がする、助けを
求めて歩き続ける

最後に見たあおぞらが
嘘のようだ
くろ
景色が押し潰されて
感覚器が膜に覆われた
悪夢のようだ

あかい夜
水が欲しい
しずかだ
そうか
蝉がいない


自由詩 水のうえの夜 Copyright 木屋 亞万 2008-08-07 00:58:55
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象徴は雨