夜のための水
木屋 亞万

少女は紙を丁寧に折り
いびつな筒を作りあげた
彼女はそれを器だと言う
満足げに頷いて
人差し指に口づけた

指で器の底を擦っては
また人差し指に接吻
水が漏れないように
続いてゆくための
おまじない
器の周りには結露

少女が蝉取りから
帰宅する頃には
器になみなみと水
彼女は納得した顔で
蝉を窓から逃がし
新聞紙を持ってきた

宴会芸の手品のような
筒状にした新聞紙に
器の水を注いでいく
少女がアブラゼミの声を
喉から引っ張り出すと

新聞紙から紙吹雪が
生きている雪のように
静かに移動を始めて
地面で停止し指示を待つ
少女は約束通り
人差し指を突き上げる

立ち上がる紙達は
タイルのように集まって
鰯の群れのように
部屋を泳ぎ始めた
指揮者はもちろん少女
長髪を揺らしながら笑う

吹雪って生きているのと
窓の向こうの蝉に叫ぶ
あなたたちより不自由よ
少女の声は甲高い
朝が来ると溶けてしまう
春が来ると水に戻る
つまりそれは
死ぬということ

蝉が黙ってゆく
暮れが始まる
少女の遊び相手は
さりげなく消えてゆく
死にゆくものもあれば
生き延びるものもある

死なない雪があるように
死なない蝉がいる
と思う
少女はそのどちらにも
まだ出会ったことがない

彼女の遊びは
生き抜く友達が
見つかるまで
続いてゆく

おまじないを
繰り返しては

夜がまた来る


自由詩 夜のための水 Copyright 木屋 亞万 2008-08-06 00:28:02
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