炭素循環 ☆
atsuchan69

     一

 細かな枝をつたう微かな震え
 桧皮色の樹皮を湿らせ
 梢を這う、自動律たる水の脈動 )))
 沁みゆく荒地の渇きへ
  一滴、
 地球システムを孕んだ涙のかたち

 そびえ立つ雪山をパノラマに見渡し
 麗らな陽を浴びた裾野に悠々と雲はながれて
 翡翠の大地へちらした群生の青き斑、
 妖しい風の草を薙(な)ぐ野辺に
 点々と彩るブルーオキザリスの花の一つが
 激しい雷を秘めた雲の下に咲き

 やがて小さな三つ葉をゆらす大粒の雨、、、

 
     二

 夥しい廃墟を築いた治世と占星術の
 氷河を渡る歴史という名の小舟。
 血に染まるコンパスの針は小刻みに震え、
 アルキメディア螺旋をえがく赤い航路の
 古びた因果を残した罪の轍に
 つよい憎しみを帯びて一瞬、かがやく
 ふたつの呪われた瞳・・・・

 ――その日。

 羽ばたかぬ烏合の巣と個体を
 夜の狂風は一息で吹きはらい、
 断末魔を叫ぶ若い女の金切り声と
 血と骨の瓦礫をまぜた惨劇を海の底に沈めて
 やがて波打ち際に残された壊れた都市の
 邪な女神である傲慢な女の姿かたちは、
 たったひとり寂しく海辺に立つと
 腐敗したメタンの混じった青白い火炎を吐き、
 艶(あで)やかに全身を紅く燃やして
 凍える夜空を虚しく仰いだ

 こうして銀雲の晴れ間から覗く
 凛々しく冷たい崇高な星々の瞬きとともに
 純潔なるアルテミスの月が照らした渚の光景は、
 明け透けに夜の砂浜に打ちあげられた
 大いなる罪の償いである数多の躯(むくろ)たち


      三

 そして朝靄の殺戮。

 逃げ奔る脆弱な人間どもを
 餓えた獅子のように吠える
 光学迷彩の装甲戦闘車両がさも簡易に轢殺し、
 軋む無限軌道に潰された顔と、顔 )))
 ストッキングを被った銀行強盗団みたいな
 それぞれに歪んだ哀れな面(マスク)の
 ひどく醜い顔のクローズアップ――

 一、誘導された社会的同意によって
 一、また脅威の創出によって、
 聖別された殺戮兵器による残忍な冬が
 精緻なプロットに沿ってすべての大地を覆い、
 すでに焼かれた少女の無惨な屍を踏んで
 緑の服を着た七人の小人たちが
 小銃を肩と背に「ハイホー、ハイホー!」
 歌いながら、踊りながら、
 楽しく愉快にメギドの丘をめざす!

  沈黙。

  白い横隔膜と黄色い皮脂を覗かせ、
  淫らな匂いのする光沢をおびた灰色の臓器と
  やたら粘りつく生命の嫌らしさがいかにも豚臭い、
  てんでチグハグな人型の生体機械をむりやりに縫いあわせて
  斯くもけだかき永遠不滅の霊魂は、
  さまようゾンビのごとく腸(はらわた)を長くひき摺り、
  ついには餌を奪われた蛸のように、
  自らの肢体を食べてまでも地球規模の艱難を生延びた


      四
 
 すべての死体現象を経て
 腐乱した肉に含まれる低濃度のインドールが
 独特な花の匂いを漂わせ、
 俺とおまえの痩せた胸と胸――
 刺しちがえた深い傷が
 互いにいつまでも辛く疼いた

 広場では、赤く錆びた給水塔が祈りの雨を待つ
 今日も逃れの街には黄色い砂風が吹き、
 曠野の果てに転がる生贄の神の偶像と裸のマネキンたち。
 朽ちた老木の梢に吊るされた
 襤褸の衣が、凍てつく寒さにふるえ
 すでに劣化した白いポリエチレンの幽霊たちは、
 自由気儘にブリキの屋根の上をとんだ
 
 薄い虹色の油膜に覆われた
 ほとんど流れのない汚濁した河を、
 それでもみごとに奔る小魚たち――
 いや、それより遥かに生々しく
 黒く巨大な魚影が、
 俄(にわか)に
 泡をこぼしては水面で踊った

 ////

 ――生きているのか?

 失われた心に、人の声がひびいた








自由詩 炭素循環 ☆ Copyright atsuchan69 2008-01-25 19:49:31
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