記憶の断片小説・ショートシネマ 「ロイド」
虹村 凌

「三本目の煙草・僕らが帰りたい夜、二度と帰れない夜」


僕とロイドは、ライチが来るまでの間も、
イチャイチャにも満たない様な時間を楽しんでいた。
キスをする事も無く、ただ手を繋いだり離したり、そんな感じだった気がする。
あれ、キスはしたかもしれない。キスだけしたかも。
今だったら、もっと手早く動いてるけど、
その時は、まだ本当に女の子慣れしてなくて、全然動けなかった。
今でも女性恐怖症の気はあるけど、もう少し攻めに出られるさ。

話が逸れた。
ライチは何かの用事があったと思うが、それを切り上げたかキャンセルしたか、
結構早く到着した記憶がある。凄いハイテンションであった事も覚えている。
ちなみに、ハイテンションとは和製英語で、本来はこんな使い方はしない。
ライチは到着するなり、「もうシたの?」みたいな事を聞いた。
僕は首を横に振りながら「まだ」という様な事を答えた。
するとライチは、「え?!何で?!シてないの?!」と驚き、突っ込みを入れた。
僕の所為で、ロイドに恥をかかせてしまった!と焦りを感じたが、
どう動いていいかもわからず、動揺しまくった挙句に、
「べ、別に…そういうコトしにきた訳じゃないし…」
と消え入りそうな声で、顔を真っ赤にしつつ、
マガジンに連載されていたBOYS BEに出てくる童貞男子みたいな台詞を、
この便所に向かって突き出されたケツの穴みたいな口から、
本当にボソボソと吐き出したのである。
ロイドはあきれ、ライチは大笑いしていた。
あぁ、恥ずかしい。今だったら、もうとっくに押し倒しているのに!

僕はどういう流れで、彼女とのキスに移ったか覚えていないけれど、
僕は、ロイドをキスをした。ライチの見ている前で、ロイドをキスをした。
ロイドとのキスは、ライチとのキスに比べるとぎこちなくて、
矯正器具を付けた歯は、少しデコボコとした感触だった。
唇を離した瞬間に、ロイドは小さな声で
「下手でごめんね。下手なキスでごめん」
と言ったのを覚えている。それでもロイドの舌は柔らかくて、
ちゅるりと絡んでは離して、絡んでは離して。
ようやくエンジンがかかり始めた僕は、ロイドのシャツの中に右手を滑り込ませた。
僕の右手がロイドの左乳房に覆いかぶさった瞬間に、
「小さいから触らないで」
と、恥ずかしそうに言うロイドの声が聞こえた。
僕の右手を、ロイドの左手が軽く払う。
僕は再び、ロイドのシャツの中に右手を滑り込ませながら、
「どうして?」と聞く。今度は彼女の下着の中に、一気に滑り込ませる。
「あんっ…もう駄目。遅いよ。」
と言われた。駄目スロースターター人間は、絶好のチャンスを逃した。
しばらくの間、僕はロイドの唇や頬、首筋にキスをしていたが、
それも終わると、少し見詰め合ってニヤニヤした。

ソファの上で絡む僕らを見ていたライチは、
「なんかそうやってると、家具の広告みたいね。
身長も同じくらいで、バランス取れてて、見た目が綺麗。」
と言うような事を言った。凄く嬉しかった。
嬉しくなって、ロイドを抱き寄せたような記憶もあるけれど、
いまいちはっきりしない。
もし、抱き寄せたとしたら、やんわりと離された気がする。
素直に、僕に寄りかかるような女の子じゃない。

その後、どういった流れか、すっかり忘れたけれど、
食卓について、何かを食べた記憶がある。
僕とロイドが並んで座って、その向かいにライチが座っていた。
何を食べたか覚えていない。コンビニで適当に買った何かだったと思う。
僕は、ライチの箸の持ち方が変だと指摘して、
ロイドと二人がかりで、ライチの箸の持ち方を矯正した。
「まるで、新婚夫婦の家に遊びに来た友達…って気分だわ」
ライチは笑いながら言った。
僕はかなり嬉しかった。ロイドの反応は覚えていないけど、
少なくとも嫌がっては無かったと思う。

次に思い出すのは、僕達が花火を買いに行った事だ。
誰の提案だったか覚えていない。ライチだったと思うけど、確かじゃない。
けれど、確かに僕らは花火を買って、ロイドの家の屋上てやったのだ。
ネズミ花火をやって、キャッキャ言って遊んでいたのを覚えている。

ロイドは、彼女の父親が、この祖母の家に突然訪問する事を恐れていた。
ロイドの祖母がいない間に、ロイドがそこに住み着き、
何をしているのか心配になって、突然訪問する…事は十分あり得るだろう。
僕が父親だったら、そうするかも知れない。
一度、彼女の父親から電話がかかってきて、
ロイドは必死で訪問を拒み、安全を伝えて、
「明日帰るから!」とどんなに叱られてもいい!と言った感じで、
一晩だけの許可を勝ち取る努力をしていた。
電話が終わった後、彼女は僕を振り向いて、
「ねぇ、靴を隠して。ライチだけならまだしも、男の靴は不味い。
あの男(彼女の父親の事だ)は、何するかわからないの。
ドアの前のシャッター下ろしたけど、いきなりガンガン叩き出すかも知れない。」
と、少し青い顔で僕を見ていた。彼女は、父親を恐れていた。
ファザーコンプレックスアルカロイド。
僕は、素直に靴を隠した。
突然に彼女の父親が訪問したら、僕とライチで風呂場に逃げ込む事にした。
女の子が風呂に入っているとわかれば、さすがにそこまでは覗かないだろうと、
そういう結論が出た。
結局、僕らはそんな事をせずに済んだのだけれど、
もし彼女の父親が尋ねていたら、僕は半殺しにされていただろうと思う。

僕は女の子二人に挟まれて、ソファに座っていた。
ライチが僕をいじりだした。
マゾヒスティックな快感と、初めて会ったロイドの前では曝け出せない醜態と思う、
その調度真ん中で、僕は実に中途半端なリアクションを取っていた。
余裕を演じる僕が少し勝って、ライチは少しつまらなそうに、
「余裕ぶっちゃって。いつもは、もうちょっと可愛いのに。」と言った。
それじゃあツマラナイと思った僕は、目隠しをして、
手を後ろで縛る事を提案すると、ライチは即座に僕をその状態にした。
僕は半分脱がされて、二人の女の子に体中をまさぐられた。
瞬く間に僕は勃起し、ロイドは手でこすり始めた。
危うく彼女の祖母の家で種を撒くところだったけれど、それだけは何とか阻止した。
良く阻止できたな…。
乾燥した僕の勃起した陰茎を、ロイドが擦っていた。
正直、痛かった。
ロイドは僕の陰茎を握りながら、
「ねぇ、お風呂場で最後までする?」と聞いた。
「いい、しない。」と僕は答えた。

彼女に関して、僕はこの答だけを本当に後悔している。
何よりも後悔している。悔やんでも悔やみきれない。
帰りたくても、二度と帰れない夜なのに、どうして僕は。
今、僕は彼女を抱けるなら抱きたい。一晩中でも抱きたい。
ゴディバのホワイトチョコレートリキュールにまみれて、
何時間でも、彼女とお風呂場で戯れていたい。
僕は彼女を抱きたい。
もしも時間が一度だけ戻せるのなら、あの時に。
そのくらい、僕は後悔している。

僕は勃起した陰茎を仕舞うと、みんなで眠る用意を始めた。
僕は左手でライチの手を、右手でロイドの手を握った。
両手に花を握り締めながら、僕らは、少しだけ眠った。
二度と戻れない夜、帰りたくても帰れない夜。
僕らが一番幸せに過ごせた、最初で最後の夜。


散文(批評随筆小説等) 記憶の断片小説・ショートシネマ 「ロイド」 Copyright 虹村 凌 2007-08-03 16:02:17
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