記憶の断片小説・ロードムービー「卒業」
虹村 凌

第十ニューロン「そして今へ。」

さて、私はそのままアメリカに来てしまった。
アメリカについた当初の事は、また別のエッセイに書くとして、
一連の事柄で覚えている事を、書き記しておこう。

その頃、私が連絡用に使っていたBBSに、侑子からの書き込み。
彼女を深く傷つけた事に後悔するも、舞子の書き込みに気を引かれ、涙する。
チャットで話しただけで、涙したこともあった。
しばらくそんな状態が続いた後、俺は彼女と戦争する派目になった。

理由は、舞子が「元の鞘に戻りたいから、全て無かった事にしてくれ」と言った事。
嘉人に、今まであった事全てを言う気は無い、全部隠してしまう、と言った事。
別にフラれるのは構わないが、「無かった事にする」ってどういう事だ?
「ゲームじゃねぇんだ、冗談じゃねぇ。」
「それにお前、人として、元鞘に戻る以上は、嘉人に全て言うのが筋なんじゃないの?」
「隠して、嘉人と付き合うってのは、嘉人に対して失礼なんじゃないの?」
と、ちっとも冷静じゃない態度で絶叫する俺と、
「私達の関係を壊さないで!」「何が欲しいの?金?体?」「もうお願いだから!」
と、話の噛みあわない返答を劈くような喚き声と共に泣く舞子。
一週間程、国際電話を通じてやりとり。
口を開けば、出てくるのは憎しみ罵る言葉だけ。
お互いの譲れないものを否定しあっては、傷つける。
電話カードが切れたら、買うまでチャット。
一週間であれだけの悪口、罵り言葉を吐いたのは、
今までに一回も無いし、これからも無いだろう。

そんな風に、俺達は最後の最後まで傷つけあっていた訳だ。
冗談みたいな話をすれば、喧嘩中も、
「おい、そっち夜中だろ。明日学校あるんじゃないのか?」
等と心配してしまう俺がいた事だ。

結局、俺と舞子では話がつかず、嘉人がメールを寄越してきたのだった。
脅迫文にも近い、異様に敵意と挑発の意を込めた事がありありと伺えるメールで、
その時の俺は、確かに心が震えるような快感を得たのだ。
「てめぇアメリカにいるからってイイ気になってんじゃねぇぞ!」
「ぶっ殺してやる」等と言われて、俺は何が嬉しかったんだろう?
「X月○日の何時に成田に到着するから、包丁でも何でももって殺しにこいよ」
と嬉しそうに返信する俺は、確かに震えるような快感の中にいた。
結局、俺は殺される事もなく、今はこうして生きているのだが、
どっちかがどっちを殺してもおかしくなかっただろう。
日本にいたら、間違いなく何らかの事件になっていたと思う。

そういえば、俺は一度、嘉人を殴った事がある。
「舞子を手放すなよ。手放したら殴るぜ。」と約束したのだ。
奪ったのは俺だが、嘉人が手放したのも事実、と言う事で殴った。
確か、アメリカ大使館に行った帰りだったか。
あまり元気が無かったのも事実だが、殴る直前に嘉人と目があった瞬間に、
力が抜けたのも事実だ。何故に力が抜けたのか、今は忘れてしまった。
しかし、俺は全力で殴る事と止めて、「ぺちん」と言う非力な拳を当てて終わった。
殴ったって、何かが戻る訳じゃない。
暴力で解決するのは、殴った方の鬱憤だけだ。

結局、最後の最後は、お互いを傷つけるだけ傷つけて、
全てを否定しあって、貶しあって、終わってしまった。
下らない。
何とも下らないだが、俺は今でも、舞子がいたから、死なずに済んだと思っている。
今では笑っていわれるアトピーの事だが、
一番酷かった時期には、何度も死にたくなった。
毎朝起きるのが辛かった。…別のエッセイを参照していただきたい。
興味をもたれたら、「漏れが美少年だった日々」と言うエッセイを読んでくださいな。

その頃に、一緒にいてくれる存在があったからこそ、俺は死なずに済んだ。
狂信的になれた理由も、それが大きな理由の一つであろう。
その様な存在に出会えた事を、俺はとても幸運だと思うし、幸福に思える。
そのような存在に出会えない人間が、何人もいる中で、
例え、最後には全て否定されようと、俺は出会えた訳だし、
一番辛い時期を乗り越える事が出来たのだから。
今は微塵も愛しちゃいないが、感謝の気持ちは常に忘れないでいたいと思うよ。
きっと、何時か是を読むのでしょう。そう遠くない。
明日か、明後日か。

しばらくの間、俺は舞子とも嘉人とも連絡を取らなかった。
私が連絡を取るようになったのは、つい最近の事だ。
舞子とは一度も会っていないが、嘉人とは何度か会った。
数える程だが…。
いや、俺がこうして、自分の中で、全てに踏ん切りをつけてから嘉人に会ったのは、
この冬が最初かも知れない。最初なのだ。
嘉人はまだ舞子を憎んでいたようだし、色々と言っていたけれど、
彼の話も嘘か本当かわからない。口から出任せが5割くらいだ。
それでも、朝まで喋ってられたってのは、いい事なんじゃないかな。

俺は舞子に色々と教わった。
フロイト、ユング。今はもう殆ど忘れちまったぜ。
詩の事、男と女の事、色々と教わった。先生だったんだ、舞子は。
今はそう思える。俺は馬鹿だったし、何も知らなかった。
無理全てを受け入れられたのは、俺が舞子を狂信していたからだった。

俺が舞子とつるんでいる間ずっと、色々と忠告をしてくれた友達がいた。
何度も、何度も忠告してくれた。
しかし俺は、その全ての忠告を無視して、舞子に狂信的に惚れ狂った。
本当なら、俺はその全ての友人を失ってもおかしくなかったけれど、
今、みんなは一緒に茶を飲んだり、珈琲飲んだりしてくれる。
優しいんだ、みんな。有り難い。感謝の言葉しか出ない。

俺がいる環境は、あまりにも恵まれているのだと思う。
そんな環境を欲する人間が何人もいて、
その環境を得る事が出来ない人間もまた、何人もいる。
俺がこれを書く事を躊躇った理由は、そこにあるのかも知れない…と、思った。

俺は随分と変わったんじゃないだろうか。
アトピーの苦しさを乗り越えた俺は、何らかの自信を得たのだろう。
(完治した訳じゃない。落ち着いているだけなのだが。)
あまり、ちょっとした事で驚くような事も無くなった。
これは、無感動無関心になったんじゃなくて、
その頃のショックが大きかったから、だと俺は思う。
大抵の事は受け入れられるし、激しいショックに襲われる事は、最近は殆ど無い。
ある程度の事実、現実を受け入れる強さを手に入れたのかな。
少しは、モノを考えるようになった筈だし、
詩だってあの頃とは、随分作風が違っている。
舞子からは「相変わらず鮮やかな言葉遣いだ」と言われたが、
作風は違っても、と言う意味だろう。褒め言葉として受け取った。

取り返しのつかない傷を、溝を、色んな処に作ってしまった。
それでも、どうにかなっている。友人のお陰で、どうにかなっている。

ひとまず、これでこのシリーズを終えるとしたい。
後に、手を加えたり、編集をしたりするかも知れない。

記憶は色褪せるのか、美化されるのか。
俺の中では色褪せていく一方だ。向こうだってそうだろうと思う。
別にそう願うんじゃなくて、それが自然なんじゃないかな、と思う。

俺はこの時期の思い出を、切って張って詩を書いているのだ。
悪く思わないでくれ。俺は詩を書く人間だ。



全ての友人に感謝している。
全ての出来事に感謝している。

そして、例え最後には全て否定されたとしても、
一時的にでも俺を救ってくれたお前に、感謝している。
確かに、憎んでいた時期もあった。けれど、今はそんな気持ちは無いよ。
感謝している。感謝している。

このオナニーのようなエッセイを読んでくれた皆さんにも、心から感謝します。
付き合っていただいて、有り難うございました。


散文(批評随筆小説等) 記憶の断片小説・ロードムービー「卒業」 Copyright 虹村 凌 2007-02-09 04:59:27
notebook Home 戻る  過去 未来
この文書は以下の文書グループに登録されています。
記憶の断片小説・ロードムービー「卒業」