腰痛の懐妊とそれをすこしでも緩和するための詩/菊西 夕座
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- atsuchan69 
- 足立らどみ 
- 由木名緒美 
難しいですσ(^_^;

でも、すかしっぺが上へと昇るさまは何かを颯爽と振り切っていくように感じられました。すかしっぺ、気持ちよいですね。
- アラガイs 

背骨というのは本当に大事で、若い頃バイト先で無理をして腰を痛めてしまいました。あれ以来腰痛とはずっとお友達のようなもので最近は特に酷いですね。片脚立ちなんてふらふらして自転車もフラフラしてしまう。できるだけ強くやわらかくとストレッチ運動をしても腰骨音のゴキバキは消えません。~これからの詩は頭ではなく腰がうたうべきだろう~ 人類が直立歩行を始めてから負担の重い腰の痛みとは切ってもきれない宿命になりました。何をするにしても背骨から腰が支点になってくる。 ああ、頭が重い重すぎる。I can't get no satisfaction.experience.肉体で体験しないことには何事も始まらない。想像と現実。頭だけで思考するにしても肉体でうたうにしても大切なのは円運動の中心でしょう。オーマイゴッド!銀河系団だ。このことはいくら目の前には無い超現実をうたうにしてもやはりどこかで迫る精神的な支えは必要になってくるのです。
本当に刺激的に内在するとはどういうことなのか。先日の先月来現代詩人会の投稿入選作をみて少し気になる詩があったので作者には了解の要らないようにその抜粋だけを載せて終えます。

 「窓から港が見える室内」梶本堂夏 
~彼は灯台のことを乳牛と呼んだ
 彼は冷蔵庫についた霜をレモングラスと呼んだ
 彼はラジオから流れる仏語のコマーシャルを水没林と呼んだ
……これだけでは、なんとまあ、不可思議な無意味さではあーりませんか。
続くそのあとがいいのです。
~そして壁にあるハンガーの影を美しくなでる。
前述の三行が、現実に見る世界とあたまだけに浮かんだ非現実の世界観から重ね合わされているということが受け取れてきますが、~影を美しくなでる。この一文で前述の三行は見事に受容され、その何者でもない彼という不在感にぶっとんでしまいました。この日常と非日常が組み合わされる詩の文言において、つまり美意識とは実体を超越した認識のほうが重要で、そこには当然常識などという日常空間の表象はない。ここでは彼自身が思考するあたまでも傷ついた肉体でもなく、精神に介在する世界そのものだったのです。



---2023/11/08 06:09追記---
-  
- 松岡宮 
これはいい言葉
- wc 
- イオン 
- レタス 
とても良い作品ですね。最終行が… 笑;

---2023/12/30 12:33追記---
 
作者より:
皆さま、腰にピップエレキバンのポイントを張ってくださり、ありがとうございます。


由木名緒美さま。

 難しかったですか? 腰の野郎がいうことをきかず、たしかに「ムズこしい」やつだったかもしれませんが。
 「すかしっぺが上へと昇るさま」が気に入っていただけて幸いですが、臭いをかいだらまた評価がちがったかもしれません。それこそ、すかしっぺよりもさきに由木名緒美さまが昇天されてしまうかもしれませんので、今回は臭いを消しておきました。腰がひじょーに危険なやつだと匂わせることはできたかもしれませんが。

アラガイシャドーこと、アラガイsさま。

 根深い腰痛もちの方からみますと、わたしの腰痛はまだまだ生まれたばかりの赤子でございまして、甘ったるいなとお感じになっておられることでしょう。年季の入った腰痛に、腰をまげて平伏するばかりです。そうですか、「壁にあるハンガーの影をなでる」なんて高級な寿司屋にいったこともない私には手が届かない芸当です。腰があがらなくて、壁の上のハンガーに手を伸ばすなんて、それこそクリフハンガー並みの険しい道のりです。とはいえ、なるほど、わたしはただ腰をなでているにすぎず、それでは実態を超越した認識にはまだまだ程遠いですね。ただぼんやりした人間でありながらも「そして壁にあるハンガーの腰に腰掛けてブランコする」くらいの支点(座点かもしれません)が手に入れられるように考えてみます。


松岡宮さま。

 「いい言葉」ということで、ことのほかうれしいです。次はハンガーの影に手をのばして「いい腰葉」といってもらえるように今作を追いコシしていきたいです。


レタスさま。

 とてもよい作品ということで、年コシも無事に済みました。ありがとうございます。
 最終行は・・・笑・・・笑化不良の合図かもしれません。
 
---2023/11/12 18:21追記---

---2024/01/01 14:42追記---

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