隣の人が茶をこぼし
{ルビ布巾=ふきん}でさっと机を拭いたら
皆の顔を ぱっ と照らす
ひとつの電球になりました
青空に姿を隠した、謎の舞台監督
雲から地上に垂らす、見えない糸に結ばれた
人形達は知らぬ間に、日々の物語に笑って泣いて
「 自分という花 」を、咲かせている。
君よ、忘れたもうな
いかなる時もあかい実を{ルビ包=くる}む
透きとほった
ほおづきの殻のあることを
草原に寝転んで
胸の自肌に手をあてる
まっ青な空に燃える
あの太陽と私
目に見えぬ糸で、結ばれている
僕等の語らう間には
遠い昔から
暗闇を照らして燃える
暖炉の炎が、揺らめいている
今年の仕事を終えたら
君に贈るであろう恋文を
旅先で開けば
ぽつん、と雨が落ちて来て
便箋は、嬉し涙を
てらてらと浮かべていた
君の母の納骨式が行われた日の夜
朗読会の司会を終えた僕は
仲間達に手をふって
高田馬場駅に近いコンビニの公衆電話から
( 今、終わったよ・・・ )と、君に言った。
久 ....
日曜の朝早く
研修に出かける君が
遅刻しないか心配になり
僕も6時にセットした
目覚まし時計の鳴る音に
寝ぼけ{ルビ眼=まなこ}で身を起こし
モーニングコール代わりの ....
今日はいつになく忙しい日で
不器用な自分にもくたびれ果て
痩せた野良犬の姿になって
帰りの夜道をふらついていたが
「おはよう」と「おやすみ」の
メールを毎日のように交わす
....
仕事帰りの道で雨に降られ
ずぶ濡れで家に帰ると
台所に立つ初老の母はふりかえり
「 谷川先生のご紹介で
原稿依頼の電話があったわよ 」
と、不思議そうに言った。
....
食卓の{ルビ笊=ざる}の上に置かれた
柔らかい柿達は
それぞれに傾きながら
ひそひそと、会話をしている
( 厨房では蛇口から
ぽとん、ぽとん、と水が鳴る )
初老の ....
満月の宵、何処からか琴の音のする温泉で
畳の寝台に横たわり、いちめんの夜空を仰いでいた
霞がかった雲の向こうに灯るいくつかの星は
遠くから、僕に何かを{ルビ云=い}っている。
....
デイサービスの送迎車で
君のお父さんを迎えに行き
玄関のドアを開く
お父さんに続いて君が
猫を抱きながら、顔を出した。
「 これ、うちの美人猫 」
お父さんの伸ばし ....
青い便箋に綴られた
君の手紙を読んでいたら
背後に置かれたラジオから
Moon River が、流れた。
君のお父さんに書いた手紙と
僕のつくった詩集に
想いを震わせた君 ....
今夜は、僕が特に親しみを感じる詩の友が集う忘れ得ぬ日なので、僕が最も大切な{ルビ女=ひと}と出逢った{ルビ縁=えにし}の糸を{ルビ遡=さかのぼ}ってゆくことで、人と人の・・僕と彼女の出逢いの不思議を ....
私を愛する{ルビ瞬間=とき}
一滴の涙はあなたの頬を伝い
ラファエルの描いた
天使になる
ある日僕は、偽善をした。
ちらほらと雪のぱらつく、浅草で。
*
ふたりの女を、愛しそうになっていた。
ふたつのあげまんを、雷門の近くで買った。
*
地下 ....
いつやって来るかも知らぬ
嵐を恐れたところで、始まらない。
夫婦というものは
四つの瞳でみつめたものを
二つの口で語りあい
四つの手を重ねて
一つの心で、祈るのです
....
いつも銅像の姿で座っていた
認知症の婆ちゃんは、ある日
死んでしまった爺ちゃんを探して
杖を放り出し、雨にずぶ濡れながら
駅までの一本道を、ずんずん歩いた。
最近、壁の前に立ち ....
ほんとうに心配なことは
まるごと天に預けよう
あまりに小さいこの両手は
潮騒を秘める貝として、そっと重ねる
幸福よ、お前は何故
いつも私を苦しめる?
幸福よ、お前は何故
いつも私を試みる?
私は只、眠れぬ夜の淵で
待ち侘びる幼子になり
乙女の胸に安らいたい・・・
幸福は ....
あの塔の頂に立って
私は何を、視るだろう。
遠方の高見から眺めれば
近過ぎると醜い人の世も
小さい蟻の人々も
昨日喧嘩した家族の憎い顔さえ
愛しく思え
見渡す街の霞 ....
君は、手にしたハンマーで
今迄何度も、壊して来た
目の前に架かる幸福への橋を
そこへ詩人がやって来て
橋の消えた、川の濁流を
ぶざまな犬掻きで渡り
向こう岸で、ハンマ ....
クルトルハイムという洋館の
玄関前に聖イグナチオの像が
跪いて祈る私の呼びかけに
応えようと身を乗り出していた
古い木目の壁の聖堂には
肌の黒い求道者が座り
祭壇の十字架に ....
老人ホームのお婆ちゃん達の前に
エプロン姿の僕は立ち
「花嫁修業です!」と言いながら
台の上にボールを乗せて
今日のおやつのお好み焼きの生地を
でっかい泡立て器を握り
ぐるぐる ....
不格好に欠けた{ルビ湯呑=ゆのみ}が
窓から光をそそがれて
嬉しそうに
{ルビ煌=きら}めく{ルビ水面=みなも}を、揺らしている
あっ
と手が滑ってスローモーションで
落下するホッチキスが
すぽり、
リュックの開いたポケットに、入った。
その頃僕の大事な友の
背後にブレーキを軋ませる
車が通り過 ....
深夜の台所で
小皿にのった梅が
まあるく佇み
影を、伸ばしている
些細なことで取り乱す
僕とは違い
微動だに、せず
のっぺらぼうの顔で
ただ、そこに。
....
目の前に置かれ
泣きっ面にふやけた
サッカーボールを
空に向かって、蹴っ飛ばす
硝子細工の愛情を
まわたに{ルビ包=くる}んで、置いておく。
窓から射す日に
自ずと、光り出すように
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