ある日のデイサービス送迎車内にて
ハンドルを握る所長は
助手で乗るパート職員に、愚痴をこぼした
「最近、パートのハットリって奴が
妙に俺にたてつくんだよ
何であいつがあんな ....
道の遠くから
何やら呟き続ける男が歩いて来る
すれ違う瞬間
「答は{ルビ空=くう}だ、答は{ルビ空=くう}」
繰り返す呟きは背後に小さくなってゆき
遠ざかる彼の背なかも小さ ....
私の脳内で指揮者は独り、無人の観客席
の闇に向かって、手にした棒を振ってい
ます。青く浮き出た血管の手がくるり、
棒を一振りすれば、観客席の暗闇に、幼
年期の幸福のしゃぼんが一つ、二振りす
....
これからの僕は
嫌な上司のみみちい小言を、撥ね返す。
これからの僕は
苦手な注射も唇結んで、ぐっと耐える。
どうやら親父になるらしい
僕は自分の弱さを抱き締めながら
日常の ....
落合選手は、凄い。
原選手の引退試合でしっかりと
糸を引くようなセンター前ヒットを、打った。
(そのバットは刀の光で、瞬いた)
王選手は、凄い。
刀で宙吊りの紙を
切り裂 ....
遮断機の棒が塞いだ
目の前を列車は瞬く間に走り抜け
突風に泳ぐ前髪は、唄い出す
{ルビ焦=じ}らすように長い間道を塞ぐ
赤ランプの音と{ルビ邪=よこしま}な棒が上がる迄
....
原爆が、長崎の教会の前に立つ
マリア像の首を、吹き飛ばした。
ミサイルで、バーミヤンの崖に身を隠す
大仏の顔が、砕け散った。
暴力の手に
顔の消えた後も
マリア像と大 ....
仏像はいつも
右の掌をやわらかな皿にして
何かをはかっている
左の掌を崩れない壁にして
邪念を払っている
日々の出来事に惑わされぬように
同じ姿勢で私も、坐る。
....
深夜一時すぎ
スタンドの灯の下に
原稿用紙を広げ
私は夢の言葉を刻んでいる
傍らの布団に
聖母の面影で
幸せそうに瞳を閉じる
身ごもった妻よ
バッヘルベルのカノ ....
金の光を体に帯びた
釈迦の言葉を聴きながら
緑の木々の下に坐る弟子達もすでに
金の光を帯びていた
夜の森の隅々にまで
不思議な言葉は沁み渡り
葉群の{ルビ詩=うた}も
森 ....
磯辺の岩に立ち、風に吹かれていた。
僕の幻が、波上に輝く道を歩いていった。
浜辺に坐る妻はじっと、目を細めていた。
岩の上に立つ僕と
海の上を往く僕は
激しい春風に揺さぶられ ....
上野の美術館を出た帰り道
焼芋屋の車が、目に入った。
財布の懐が寒いので
「半切りをひとつ」と言い
小銭三枚をおじさんに手渡す
紙袋からほっくり顔を出す
焼芋をかじりな ....
三月十一日・午後二時四十六分、彼はデイ
サービスの廊下でお婆さんと歩いていた。前
方の車椅子のお爺さんが「地震だ」と言った
次の瞬間、壁の絵は傾き、施設は揺さぶられ
る海上の船となっ ....
今夜のチャリティ朗読会を終えた僕は、家路に着く夜遅い電車に乗りながら、今夜Ben’sCafeに皆で集った「チャリティ朗読会」の意味を、感じていました。
朗読会を終えて、ジュテーム北村さんがかた ....
いのちの綱を両手で握り、彼は崖を登る。
時に静かな装いで彼は足場に佇む。ふいに
見下ろす下界の村はもう、{ルビ生=なま}の地図になっ
ていた(少年の日「夢」という文字を刻ん
だ丸石が背後の ....
自分の素顔を忘れそうな日は
林の中へ吸い込まれ
木陰に腰を下ろし
正午の空に輝く太陽を仰ぐ
まっ青な空に向かって張り巡らせる
桜の枝先に
春をずっと待ちながら
全身にひ ....
私という人間は、一冊の本なのです。
四角いからだに手足を生やし
不恰好に揺れながら
人々の間を往くのです
私が通り過ぎる時
誰もが振り返り
「何だい奴は」と{ルビ嗤=わ ....
今も変わらず君は舞台に立ち、故郷の燃え
たぎる夕陽の耀きを、客席の一人ひとりの
胸へ、放射する。僕が最も弱っていたあの
日、濁らぬ瞳できらきらと「君は素晴らし
い」と言ってぽん! ....
世間のしがらみだとか
上司への気遣いだとか
余計なゴミ屑の積もった山みたいな
日常の地面から
ふっと、足裏を浮かべて歩いてみよう
渡る世間の鬼達が
幻に透きとほ ....
ある日僕の腕にぽこっとしこりが、出来た。
ある日身籠った妻は産婦人科で、検査をした。
この腕のできものは、何だろうか?
赤ちゃんは無事、生まれるだろうか?
人間の手はあまりに小 ....
黄昏の陽は降りそそぎ
無数の葉群が{ルビ煌々=きらきら}踊る
避暑地の村で
透きとほった風は吹き抜け
木々の囁く歌に囲まれ
立ち尽くす彼は
いつも、夢に視ていた
....
とある喫茶店の
赤煉瓦の壁に掛けられた
モジリアニの婦人画
暗がりの四角い部屋から
面長の顔を傾げて
時を越え
こちらを視つめる、青い瞳
(私は遥か昔から知っている ....
僕より年上の君は、あの日
(つきあっちゃいけない・・・)
と複雑な女心を語ったけれど
一年ほど前に君は
仕事帰りに待ち合わせた
神保町の珈琲店「さぼうる」の
向かいの席に煌く ....
初めてあいさつに行ったあの日
「箸にも棒にも引っ掛からん奴だ!」
と言われ互いにテーブルを平手で叩いた
嫁さんの父さんが
同居を始めて数日後
仕事から帰り
下の階で勉強する僕 ....
鬼に視える人の瞳をまっすぐみつめ
全ての仮面を剥ぎ取る時、そこには
両腕を広げて頭を垂れた人が、澄ん
だ瞳の奥からじっと私を、視ている
私の胸に
一つの小さい門があり
見上げた天井を透きとほって
下りて来る階段とつながっている
何処からか
さりげないピアノの単音が響けば
昔の誰かの足音が
この胸の門に入 ....
退職した職員とこじれ
くたびれた顔をしていた呑気な社長が
一人残って書類の仕事をする僕のもとへ
ふらりと、やって来た
お客様の心無い罵声を浴びて
机に顔を伏せていたまじめな先輩 ....
机の上に置かれた
黒い本の中に
うっすらと、顔がある
自分の貧しさに震える私と
遥かな昔に交した約束を
今も語っている
蝋燭の火が
風にふっと、消えた
暗闇から ....
聴く、という姿勢で
石の上に腰かけ
微かに首を傾けながら
瞳を閉じる少女よ
冬の冷たい風に襟を立て
凍える私の前で
風に耳を澄ます
銅像の少女よ
閉じた瞳の裏に ....
ほんとうに美しい音楽は
自らを主張せずに
日常を漂う
作曲家が世を去って久しい
遠い異国のカフェで
頬杖をつき
もの思う私の胸に
ふっと、灯はともる
瞳を閉じれば ....
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