渋谷の公衆便所に入ったら
「ほらおとっつぁん、チャックを閉めて」と
初老の息子は傾く体の親父を支えて、言った。
なんとか息子に支えられ
よたつく親父の背中には
(いたる)と3文 ....
「あんた、マフラー飛んでるよ!」
ホームのベンチから立ち上がり、叫ぶ男。
首を後ろに振り向いて、道を戻ろうとする女。
ぶおおぉん――…
ホームに入った電車が視界を、遮った。
....
手にした筆で
ま白い半紙に ○ を、描く。
○から世界を覗く時
自らの高鳴る鼓動が聞こえ…
今・息を吸うては吐いている
いのちの不思議を思う
うっとりと瞳を閉じて
光の石を両手に乗せて
立っている円空さん
静かないのちの歓びが
体の隅々まで葉脈を巡らせ
行き渡っているようです
森に佇む木の体
日向 ....
ひとりの木の中に
微笑み坐る、仏がいる
人という木の幹の中に
両手をあわせる、仏がいる
円空さんが無心で彫った
木の像が、幾百年の時を越え
何かを語りかけるように
....
伊東の老舗・東海館で
和室の窓外に、ゆらめく川の{ルビ水面=みなも}を
一羽の白鷺が横切った
一枚の枯葉が今
枝先を離れ、ゆらめく川の水面へ
身を{ルビ翻=ひるがえ}し宙を舞う ....
暗がりの映画館で
白黒のスクリーンには
だぶだぶの燕尾服に
しるくはっとのチャップリン
ふらりと現れた酔っ払いと
ふとしたことから口論になり
胸ぐらつかみ、胸押しあい、もつれ ....
今日という一日に数え切れない
(ありがとう)が、隠れている。
よく晴れた日の夜空に
いつのまにか姿を現す
あの星々のように――
石巻の仮設住宅に住む
Tさんに新年の電話をした
「あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします 」
「いよいよ来月から
津波に流された場所に、もう一度 ....
ある日、届いた封筒から取り出した紙は
「わんニャン展」のお知らせで
三日後にみなとみらいの地区センターの
展示会場に入るや否や
平日の人もまばらな空間に
{ルビ木霊=こだま}する… ....
無精者ゆえに
手の爪は時折切っても
足の爪はしばらくほったらかしで
気づくとひと月過ぎていた
風呂あがりの軟い爪を
ぱち、ぱち、と
広げた新聞紙に、落とす。
(これを ....
箱のカバーから、背表紙を指で摘み
中身の本を取り出して
カバーは向かいの空席の、あちらに
中身の本は目線の下の、こちらに
置いてみる
いつか人が(体を脱ぐ)のは
こういうこ ....
蟻は匂いのある方へ往く
一瞬、静止して
触角をぴくり震わせ
再び――無心に進む
(黒い背に小さな太陽を映して)
日常にふと佇む、僕も
蟻の心で
何かを受信しようと ....
ある人は白隠禅師の絵を観て、呟いた。
「ルオーが観たら、何と言うだろう」
河童のように禿げた頭と
あばら骨の浮き出た体で
髭ぼうぼうのお釈迦様
美術館の空間で
ひと ....
食卓に置かれた長方形の皿に
横たわる、くろい目の秋刀魚は
いつか世を去る
私の象徴として、この口に入る
*
日常の素朴な場面を絵に描いた
一枚の布をバケツの ....
みつめれば、みつめるほど
世界は語る本となり
行間の道で草花の囁く秘密は
旅人の背に、託される
塩を振られたなめくじは
縮みあがった僕なのです
縮みあがった僕だけど
今は一児の父なのです
一児の父であるならば
縮みあがった、この体
自分らしくのそぉりと
濡 ....
私の詩は
日々の呼吸のようなもの
幾千万も繰り返す
数え切れない吐息等が
ふいに光るように
今日も私は
まっさらに広げた
紙のスクリーンに
日々の場面を浮かべ
....
仕事から帰ると嫁さんが
「はい、これを見て!」と新聞を手渡した
※今週の本・Top10※
1位…
2位…
3位柴田トヨ「くじけないで」
4位…
5位…
6位柴田トヨ ....
この世に生まれてから
今日に至るまでの一日々々を
風に捲られてきた暦は
人生の旅路の果ての
終着駅に至るまで
捲られる暦は
どれほどの厚みだろう――?
産声をあげ ....
薄茶けた昭和の古書を開いて
ツルゲーネフの描く
露西亜の田舎の風景から
農民の老婆の皺くちゃな手は
搾りたてのぶどう酒が入った器と
焼き立ての丸い{ルビ麺麭=パン}を
時を ....
雨の降る公園で
ずぶ濡れのまま、しゃがみ
小石を手にした少年は
地面に絵を描いていた
通りすがりの僕は
吸い寄せられるように、公園に入り
少年の傍らに、しゃがみ
すっぽ ....
手にした鉛筆に宿る(こころ)が
白紙に綴る言葉で語り出す時
柱に凭れて腰かける
青い瞳の人形は、口を開いた
日々それぞれの
場面々々に
直観の行為、を積み重ねよ――
行けば行くほど・・・
動けば動くほど・・・
一つの○い出逢いの場に
日向はあふれ
あなたはそこで{ルビ ....
年賀状の写真から
親戚の一歳のこどもが
すくっと立って、こちらに
きょろりとした目で
新年の挨拶をする
その夜
嫁さんが皿を洗う音を聞きながら
一足お先に布団に入った一歳 ....
細長いのっぽビルの
1階から23階へ
光のエレベーターは昇りゆく
23階から1階へ
光のエレベーターは下りゆく
祈りとは
両手をそっと重ね
天と地をつなぐ交信である ....
背筋を伸ばしたスタンドの顔が
ジイドの古書の開いた頁を照らす時
長い間つけていない
TV画面に映る自分の顔と、目があった
暗闇の航路を照らすあの灯台に
あなたは、詩人を観るだろう。
老人ホームで百歳のお婆さんが旅立ちました
「若い頃桜島が噴火してねぇ・・・
首輪をつながれた愛犬の悲鳴が
今も聴こえるんだよ・・・ 」
遠い昔に世を去っても
お婆さんの心に ....
年の瀬の上野公園は
家族づれの人々で賑わい
僕等は3人で
枯れた葦の間に煌く
不忍池の周囲を歩いた
ゆくあてもないような僕等の歩みは
本郷へと進み
詩友Fの朗らかな顔に ....
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