古巣の職場は花壇となり、これから
日々の仲間とお年寄りの間に
花々は開いてゆくだろう
明日から僕は、新たな日々に入ってゆく
職場で最後のあいさつをした後
ひとり入った蕎麦屋にて、熱燗を啜りつつ
様々な天気であった…十七年を味わう
送別の花束を、傍らに置いて
帰りの時間、お年寄りの皆さんの前に立ち
マイクを持った瞬間、言葉は詰まり
震える声で、新たな日々を誓う
一人一人の手を握る…熱い涙のあふれるまま
送別会で酔っ払い所長の隣りに、腰を下ろす
――俺は昔上司に嫌われ、必ず見返す!って
決意して、ここまで歩いて来たんだよ
そんな所長の男気を初めて知った、退職前夜
退職前、最後の休日は
五十四年ぶりに十一月の雪の日で
雪化粧した紅葉の下を潜りつつ
「真生会館」への道を往く
デイサービスの帰りの時間に、マイクを持ち
「あと数日で辞めます」と告白する
あるお爺ちゃんは天井仰いで…目を瞑り
あるお婆ちゃんは「寂しいよ」と立ちあがり
退職の日が近づいたので
休日の職場でロッカー整理をする
がらん、とした空洞をひと時みつめ
新たなる日々の摂理に、身をゆだねる
暗闇に小さな火は点り
{ルビ蝋燭=ろうそく}は徐々に溶けてゆく
白いからだの多くは
残されている
あなたのわざの多くは
残されている
小さな火
身を揺らし
夜を仄かに照 ....
私の背後には、いつも
不思議な秒針の{ルビ音=ね}が響く
――いつしか鼓動は高鳴り
――だんだん歩調も早まり
時間は背後に燃えてゆく
この旅路に
{ルビ数珠=じゅず}の足跡は…刻印 ....
鏡に映る人は誰?
姿の無いそくらてすは、遥かな過去から
耳に囁く
――汝自身を知れ
机に置かれた器は何?
音の無い声でぷらとんは、透けた国から
耳に囁く
――ものの背後にいであ在り
....
駅の切符売場で
僕が地面に置いた、紙袋を
風を切って
倒していった幼い少年は
くるり、振り向き
「ママ切符買ってみる!」
「あら、横からすみません…」
一歩後ろに下がった、僕は
少 ....
昼からわいんを飲み
赤ら顔でぐらすを手に
体を揺らし、厨房へ
細長い空間の
小窓から
――正午の日は射して
何処からか、聴こえる
白髭のかみさまの
高らかな
笑い声 ....
昨日は青みがかっていたバナナが
今日は黄色くなっていた
一日でバナナが変わるなら
今日のわたしの色あいも
一味変わっているかもしれない
仕事を辞めてから
5才の周ちゃんと過ごす時間が増えた
染色体が一本多いゆえ
絵本を読んでも
あーうー
歌を歌っても
あーうー
だが時折、大きな黒目をぴくりとさせて
....
目を{ルビ瞑=つむ}り、祈る
自らの内面に加速する{ルビ独楽=こま}を、視る
回転を増すほど加熱する、私の核
この掌は伸びるだろう
天に{ルビ縋=すが}って――まっすぐに
....
窓から新年の陽は射し
部屋は{ルビ暁=あかつき}に染まり
自ずと、両手を合わせる
机上に置かれた
題名の無い本の表紙を
そっと、開く
序章の{ルビ頁=ページ}の余白に現れる
あな ....
海の向こうの{ルビ山間=やまあい}に
新しい太陽は揺らめき昇り
闇のベールで覆われた部屋は
{ルビ暁=あかつき}に染まりゆく
自らが
主演キャストであるという
夜明けの予感に
私とい ....
聖夜、互いに灯す
{ルビ蝋燭=ろうそく}の火をみつめ、私は想う
日々出逢う人々と織り成す
唯一の時を生きようと
あなたの何げない指先に
あなたの語る素朴な言葉に
あなたが注ぐまな ....
聖夜――教会に集う私たちは
{ルビ蝋燭=ろうそく}の火を一人、二人……と増やしてゆく
私たちは探している
暗闇に射す、一条のひかりを
私たちは待っている
{ルビ永遠=とわ}に消え ....
クリスマスツリーは、何処か寂しい
聖夜の言葉にならない歓びを
言葉ではなく
自らのからだに灯る
無数の色の明滅で語り
少し温まった人々の靴音が過ぎ往くのを
夜道でそっと、見守るから
....
御高齢のS師宅で、心のケアの学校の
ヴィジョンを皆で語らい、同世代のO師は
――僕等の間にフィロソフィアを視ることです
と呟いた時、新たな頁の捲れる音がした
....
尾崎豊の墓前にて、線香の先から煙は昇る
――あれから二十四年の時は流れ
物思いに耽り、ふと見下ろした線香の
1|2はすでに燃え…今を生きる、と合掌する
....
遠藤周作が友に贈ったスペインの母子像は
展示ガラスの内側で互いに微笑み、通じ合う
晩年の見舞いで友の妻は母子像を{ルビ担=かつ}いでいった
今頃極楽にて二人盃を交わす音が、聴こえる
....
酔い覚めの秋の夜道で、編集者のおじさんに
「義父のケアとダウン症児の息子を育み
嫁さんの負担を減らす為仕事を辞めます」
と言うや否や「偉い!」と握る手の…暖かみ
幼稚園の頃の先生の御主人の告別式で
献花の百合をそっと置き、一礼した後
頭を上げる――(剛君、ありがとう)
眼鏡越しに充血した瞳は、無音で叫ぶ
昔の職場のボランティアのおじさんと初めて
焼き鳥屋で飲み、定年退職の日の花道を語り
僕も「来月退職します」と、打ち明けた
手渡された絵手紙の{ルビ松明=たいまつ}は…滲んで燃える
....
久々に姉さん女房が噴火した…避難のため
思わず外でジョギングする僕を――こんちわ
職場の先輩の太ったおじさんが
原チャリで風を切り、小さくなってゆく
編集者Kさんに退職を伝えると、厳しい一言
――原稿を依頼するには、肩書を
――その発想は面白くないっすよ!
僕の嫁さん子供まで心配する瞳が、少し潤む
....
先日、職業というものを
脱いだ僕は
これから日々遍在する
小さな太陽になろう
――〈今・ここ〉に日溜り、在り。
本当は誰もが
小さな太陽を宿すという
昔々のヒトの記憶を
互いの ....
紅葉の葉群は節々に
{ルビ詩=うた}を織り成し、風にさやぐ
皇居の午後
天守閣跡地の{ルビ畔=ほとり}で
古い木目のベンチに腰を下ろす
巨きな四角い石垣の隅に立つ、優しい松の
頭上 ....
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