犬の日々
岡部淳太郎

何から何まで
犬の日々だった
私の瞳孔はつねに濡れていて
咽喉の奥はいつも渇いていた
風にさらされて 乾きすぎた手拭いのように
水に濡れた掌を求めていた
何もかもが
犬のようだった

石の置かれた屋根の下で
雨の中にあって 雨を恐れながら
せわしなく首をふっていた
すべてのものが色褪せていて
何か大切なものが通り過ぎた後の
半睡のような倦怠を味わっていた
舐めても 噛みしめても
妙に手ごたえがなかった
何もかもが
犬のようだった

黙っていてはいけないと
そう教えられたので
私は吠えつづけた
だが 誰の耳もみな
堅く閉ざされたままだった

誰もが忠実に
自らの犬として
自らの主人として 生きていた
厳しさが
知らずに刺さった棘のように
骨の苦しみを私に与えた
陽に照らされて 灼かれて
私の舌はますます長く伸びていった

黙っていなければならないと
そう教えられたので
私は口を閉ざして動かずにいた
だが 誰の眼も相変らずそれぞれに
あらぬ方角に向けられたままだった

私のすべてが
犬のようだった
遠い街並の中に
私の求めた大切なものがまぎれているかと思い
飢えたように視線を集中した
だが 何も見つかりはしなかった
ただ多くの人びとが
痩せ細った心を持て余して
私と同じように
さまよい歩いているだけであった
誰もがみな
犬のようだった

夏はもう
終ろうとしていた
私の日々も 否応なしに
次の角を曲らされるであろう
だが 私はまだ
呆然とするべき時間の中にいた
求めたものは
月のような疑いを抱えたまま
亡命者のように隠れながら
あまりにも素早く消え去ってしまった

残された私は
濡れて渇いた 犬
そのものである自らの生を
ばらばらになるまで いつまでも
いつまでも 噛み砕いていた

私は優しさを信じない
私は美しさを信じない

しばらくはそうやって
頑ななひとつの野良として
耐え忍ぶだろう
だがいずれ
また別の優しさを
また別の美しさを
求めてしまうだろう
わかっていた
わかっていながら
眼を閉じていた
わかっていながら
座りこんでいた



(二〇〇六年八月)


自由詩 犬の日々 Copyright 岡部淳太郎 2006-08-30 23:15:01
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