細胞(たち)の夜明け
岡部淳太郎

あ、あ、あ、剥がれ落ちる、私の細胞(たち)。
表面から落ちて、汚物(のようなもの)とし
て扱われて、泥の只中に乾いた破片として落
ちる。夏は天動説。私をめぐるうつし世がぐ
るぐると回る。醤油じみた液体の中に浮かぶ、
紅白の眼にも鮮やかな虫食い穴。剥がれ落ち
て、生きながら、私の細胞(たち)はここを
通ってもうひとつの空へと貫通する。そして
降り注ぐ。別の空から、別の地の上へと、こ
の私でさえも知りえない、もうひとつの生死
をたどり直す。それぞれの細胞核の中にひと
つずつ微妙に違った音符が整えられていて、
それらはそれぞれに偽者(のようなもの)と
して均され、その固有の姿を模索している。
夏の歩行術。その速度のままで汗をかき、い
やな臭いのする物体となって、私は自らの生
死をたどってゆく。そうこうしている間にも、
あ、あ、あ、剥がれ落ちる、私の細胞(たち)。
夜の物言わぬ空の表面が剥がれ落ちて、隠さ
れていた光を顕にする。剥がれ落ちて、晴れ。
夏の陽射しはこんなにも鋭く鏡面を貫く。ひ
とつの獲物(のようなもの)として狙われて、
剥がれ落ちて、身ぐるみ剥がされて、私は光。
あ、あ、あ、剥がれ落ちた、私の細胞(たち)。
無数の破片。私のいとしい失敗の数々。ああ、
いまこそ目醒めて、それぞれの物語をかたれ。



(二〇〇六年八月)


自由詩 細胞(たち)の夜明け Copyright 岡部淳太郎 2006-09-10 21:23:00
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