田中宏輔


古い家だった
古くて大きな家だった
子どもの目には
それはとても怖いものだった

しかし、大人になったぼくの目には
それは、それほど大きくはなくって
子どもの頃に描かれた古い絵のように
埃をかぶって生色を喪っていた

庭にある、楓の立ち木
その根元にうずくまる小さな影
仙人掌の鉢を毀して叱られたぼくの影
その指は無心に土を引っ掻いていた

庭にある、物置小屋
幼稚園の月謝袋を落とした小さな影
厳格だった父に告げられなかったぼくの影
その目は壊れた時計の振り子をじっと見つめていた

階段の下、踊り場の隅で
肩をふるわせて泣いている小さな影
幼い弟と喧嘩をして叱られたぼくの影
理由も聞かないで母は叱ることがあった

どの影も
どの影も小さく
その小さな背をまるめて
うずくまって、じっとしていた

いままた、ぼくはこの家に
ぼくの影を置きに戻ってみたけれど
ずいぶんと大きくなったぼくの影には
もう、どこにも置き場所がなかった



自由詩Copyright 田中宏輔 2024-02-25 09:27:40
notebook Home 戻る  過去 未来