【家庭の詩学】 まえがき
043BLUE


「詩学は詩の屍体解剖である」  高村光太郎


○まえがき:

 
   はじめにことわっておきますが、私は「詩学」について全くの無知です。はっきり言って、「詩学」が何たるかについてさえ知りません。「詩とは何か!?」「レトリック入門」みたいな本を何冊かかじり読みしましたが、頭がわるいのでさっぱり分かりません。でも、高村光太郎のいいたいことは何となく分かります。私は詩学を否定しようとは思いません。でも、詩を分解・解剖して「あーだ・こーだ」いったりすることや、技巧を駆使して詩を書くみたいなことになんとなく抵抗を感じてしまう。もっと、「感覚的」なものだと思うからです。頭のわるさゆえに「詩学」が分からない腹いせにそう思うのでしょうね(笑)。。それはちょうど「てやんでい!俺は医者なんてきらいだっ!信用できるかっ!てめ〜の体の事くらい、てめ〜が一番よく分かってんだ!」みたいな感覚でしょうか。でも、意外とそういうオヤジは、コロッといっちゃうんですね。。

  私は詩の「原理」とか「技巧」とかほとんど知らないんですね。それでも、詩を書くことは、生きるための「必然」であるとさえ考えている。だから、この頑固オヤジみたいに、ほとんど「直感」と「勘」を頼りながら書かざるを得ない。でも、それほど、当てになりそうでならないものもない訳です。いつか私の詩は「破綻」をきたしてコロッといっちゃうか、いやそもそも「詩」として初めから「成立」していない可能性も否めない。それだったら、頑固に「詩学キライ!」と言っていないで、すこしは自分なりに、「直感」や「勘」で分かる範囲で「詩学」とやらを、できるだけやさしくお勉強してみるのも悪くはない。

  というわけで、これをシリーズでやっていきたいと思います。このシリーズでは、高村光太郎の言葉にインスパイアされ、「詩学」を→「医学」にたとえ、あんまし、役にもたたん、とりあえず本棚に置いてあるような「家庭の医学」ならぬ、「家庭の詩学」というタイトルでイロニーたっぷりに、書いていきたいと思います。これは、学問としての「詩学」とは、まったく関係なく、それらをオヤジの「直感」と「勘」で自分勝手に解釈していくものです。それは、無学な私自身がこれまで、詩について考えてきたことや、考えていることを「直感」に頼って書きまとめてゆくものになると思います。なにせ、もともと医者ぎらいのオヤジの書くことなので、途中でキレはじめるかもしれません、どうなるかは予測不能。それでは、お楽しみに!(楽しみにできるかっ!)直感系詩人さんいらっしゃい!


【家庭の詩学】シリーズ

まえがき
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#1 詩とはなにか
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#2 わかるということ
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#3 感動はどこから来るか
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#4「味*素」のはなし
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#5 「エス」のはなし
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散文(批評随筆小説等) 【家庭の詩学】 まえがき Copyright 043BLUE 2005-04-07 19:40:02
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【家庭の詩学】 シリーズ#1−5