湾岸経由蜜柑畑行き
岡部淳太郎

泥になって歩く
海の方から風が吹くと
私じしんである 泥
がかわいてしまいそうになる
おまけに潮のにおいまで
はりついてしまいそうになる
この湾岸沿いの道は 淋しさ
そのものが細長く伸びている
見えない背後から
見えない先の方まで
その淋しさがずっとつづいている
初潮を迎えたばかりの女子中学生が
うつむいて
教科書のようなものを見ながら歩き
困ったような顔をした海鳥が
か細い声で
ちるりり ちるりり
何かを呼ぶように鳴いている
私は私の泥を守る
津波にさらわれないように
甘い 若い匂いに洗われてしまわないように
私は私を守る
泥として生きてきて
誰かの靴裏にべったりと
はりつくのを夢見て
おそろしい年月が経った
か細い声で
ちるりり ちるりり
鳴かなければならないのは
私という泥の方かもしれない
年老いた者や働き盛りの者たちは
自分たちのひそかな楽しみを悟られないように
いつもどおり家計に頭を悩ませて
ゆるゆると歩いている
そんなふりをしている
そんな彼等の頭の上でも海鳥は
か細く
ちるりり ちるりり
老いも若きも みな
そうやって淋しげに鳴いている
こうして歩いて
遠くに海を見ながら
自分の言うことに
規制をかけるべきではないかと 思う
私はあまりにも私でありすぎた
だからこそいまもかつても
か細く
ちるりり ちるりり
鳴いていたのだろうか
車道をバスが通り過ぎる
そのタイヤには泥がこびりついている
昨夜降った雨の名残りだろうか それとも
泥である私の一部だろうか
そんなことを思っているうちに
バスは遠く
淋しさそのものである道の
見えない先の方へと
走り去ってしまった
あのバスはきっと
海に注ぐ川の上にかかる 橋を渡る
それから先は
さらに目に見えない淋しさだ
この湾岸を経由して
土地の奥へ
そのまた奥の蜜柑畑へと
向かうのだろうか
私は蜜柑の木の根元の
泥となれるだろうか
か細く
ちるりり ちるりり
鳴きながら
枝の先の甘い汁を
育てることが
できるだろうか
私は泥を守る
私はあまりにも私すぎる
私という泥はいまも
かわくことを
かたくなにこばんでいる



(二〇〇七年二月)


自由詩 湾岸経由蜜柑畑行き Copyright 岡部淳太郎 2007-02-06 21:59:36
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