夏の終り
小さなローソクに火を点し
山深い夜の川を
ぼく等はすこしだけ明るくする
澄んだ水を飲み
あふれる流れを浴びて生きた
名もない魂が火となって
再び水に帰る
死んだ人との ....
西へと
みじかい眠りを繋ぎながら
渦潮の海をわたって
風のくにへ
海の向こうで
山はいつも寝そべっている
近づくと
つぎつぎに隠れてしまう
活火山は豊かな鋭角で
休火山はやさ ....
耳を立てて
とおくの雷鳴を聞いている
虹の匂いを嗅いでいる
夏はどこからか
ぼく等の原始人が現われる
川は流れつづけているので
終日ぼく等は瀬にさからって泳いだ
唇まで冷えきったら岸 ....
きょう手紙が届いた
とおい山のホテルの便せんと封筒
差出人はぼく
自分から発ち自分へ帰ってゆく旅人の
孤独な手紙だ
恵那山トンネルという
中央自動車道の長いトンネルを抜けた
恵那山の ....
コップの中に
朝が残った
醒めきらないままの
水を分けあって
ぼくらはターンする
魚のかたちをして
水がうごく
きらめき降りそそぐ
夏のはじまり
ゆっくり水際を
泳いでゆく ....
ぼくはほとんど水だ
と彼は言いました
手の水をひろげ足の水をのばす
水は水として生きて
水として果てる
そのとき大気の端とつながり
水からいちばん遠い水と出会う
そこで彼は
はじめて彼 ....
アイスランドのポストマンは
白い氷の地平を越えてやってきます
彼女のところには
世界中からラブレターが届くんだそうです
毎日カバンいっぱいの愛の言葉を
ポストマンは顔を真っ赤にして運びつづけ ....
金魚になるのは
おとなになって初めてです
金魚の糞みたいに
いつもお母さんにくっついていたので
彼女は金魚ちゃんと言われていたのです
そんな話をしたら
さっそく金魚ちゃんと呼ばれてしまいま ....
彼女の誕生日は七月七日
七夕の日です
そのせいかどうか
彼女は星がとても好きなのです
星のブローチとか
星の携帯ストラップとか
もしかしたら
三つ星のレストランとかも
でも彼氏は
せ ....
テッペンカケタカ
ホトトギスはそういって鳴くのだと
彼が教えてくれました
テッペンカケタカ
鋭く空を切りさいて飛び去る
そのとき空のどこかが欠けるのでしょう
あれから彼女の
空のてっぺん ....
気象予報士の彼女は
雨女です
それでもお天気は
晴れの日は晴れなのです
全国的にお洗濯日和ですなどとコメントしますが
ほんとに晴れてていいのかしら、と
彼女はひとりで曇ります
休日はアサ ....
アテネ・フランセの
フランス人のフランス語の先生に
彼は恋をしました
ジュ・テームあなたが好きです
彼のフランス語が通じません
日本語も通じません
ミラボー橋の下を
セーヌ川は流れるそう ....
その動物園の
彼女は羊の飼育係です
ぜんぶの羊の顔を
それぞれ見分けることができる
それがひそかな自慢です
不眠症の彼女は
ベッドの中で羊を数えながら眠ります
夜の羊はなぜか
どれも同 ....
黒ねこが
ペリカンを好きになりました
好きだという気持を
彼女にどうやって伝えようかと
彼はとても悩んでいます
ペリカンは水辺にばかりいるし
黒ねこは水が嫌いなのです
届かない想いを
....
まだ恋をしたことがないので
彼女はカルピスを飲んでみました
甘くて
酸っぱくて
冷たくて
あたまの芯がきいんとなって
失神しそうになりました
けれども
なんだか物足りません
キスの味 ....
シロツメグサで
首飾りと花束をつくり
ぼくたちは結婚した
わたしの秘密を
あなたにだけ教えてあげる
と花嫁は言った
唇よりも軟らかい
小さく閉じられた秘密があった
シロツメグサ ....
なにごともない虚ろな午後
ふと空をよぎる
鳥が
その日の栞になった
行くでもなく帰るでもない
ふたしかな彷徨い
花が
その道の栞になった
こころもとない眠りの果て
闇 ....
白いチョークで
ポケットいっぱいの
言葉をおぼえた
おさない遊び
二本の線を引きながら
公園をよこぎって
道路をまたぐ
景色がだんだん小さくなる
電車のように
かたこ ....
星と星をつなぐと
いきものになった
言葉と言葉をつなぐと
ひとになれる
指と指をつなぐと
こいびとになれたかもしれない
夜になると
貝を洗うような音がする
わたしの星が ....
本のページをめくる
あなたの指が
風のようだと思った
あなたの中で
長い物語ははじまり
長い物語はおわる
本を閉じると
あなたはすっかり年老いて
物語のドアから出てゆく ....
いつものように
バスを待っていたら
象がきた
大きな耳のようなドアから乗る
いつもの道を
いつもどおり走っている
だが停留所が
いつもとちがう
パンパス三丁目 オアシス北 ....
きょう
たんぽぽとはるじおんを食べた
すこしだけ耳が伸びて
神様の声をきいた
あしたは
すみれとばらの花を食べる
すこしまた耳が伸びたら
まだ聞いたことのない
あなたの声が聞け ....
山国で育った
目をとじると
どこまでも青いものが広がる
海だった
そうやって彼は
ときどき山を越えた
どど〜んと鯨になる
風のように
しなやかに両腕を伸ばし
....
西瓜のように
まるい地球をぶらさげて
その人はやってきた
裸で生きるには
夏はあまりにも暑すぎた
冬はあまりにも悲しすぎた
ぽんぽんと叩いて
いまは食べごろではない
と ....
魚を丸ごと
皮も内臓もぜんぶ食べた
それは
ゆうべのことだ
目覚めると
私の骨が泳いでいる
なんたるこった
私を食べてしまったのは私だろうか
どこをどうやって
....
鳥になりたいと思った
そしたら
鳥になった
はばたくと
風はいちまいの紙だった
会いたい人がいる
その街だけが
記憶のかたちをした白地図
飛ぶ。
風には声もあ ....
がりりと土壁を引っかいた
鎌の刃先の
あの放物線が消せない
おまえの山を見たい
祖父は
赤土をこねて
小さな山をつくった
夏へと秋へと
ゆらゆらと山をのぼる
黄蝶のよ ....
電車の好きな少年だった
窓のそとを
いつも景色を走らせていた
乗客はいなかった
やがて彼は
景色のなかを走った
走りつづけた
いくつかの景色をつなぐと
電車にな ....
せんせいが
黒板に大きな字で
「心に太陽を持て」と書いた
ぼくは
ポケットに子すずめを
持っていた
ときどきチチッと鳴くので
ポケットに手を入れたままで
柔らかい羽を撫でてやる
....
今朝
うぐいすの声をきいた
誰かが
空の窓をあけた
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