2019 06/09 17:34
ハァモニィベル
週末怪獣タッコングには悪いが、ウルトラマンは3分しか待てないんだよ。
まあ、タッコングの吐き出す「撰」ビームの感じはわかった。
「タッコング、きみのたこ焼きは、なま焼けだよ」とか言っちゃいけないわけだな。
撰には、正露丸が必要だな。
さて、
>一流の味(中庸)なんてものを、人には求めないよ。
というきみの、想定している「人」というのが興味深いな。それについては、もっと説明が必要だな。
>どうやってその味〔一流の味〕をだせばいいのかもしらないし
そーゆーのを、伊藤仁斎は「自暴自棄」と言ってるが。
俺の考えでは、それへの処方箋が「性善」説であったのが、古代・中世でね。
聖人君子は理想だった。
ところが近代以降は、現代もそうだけど、聖人君子の価値が暴落した、というより、聖人君子であるほど地面に咲く悪の華になりがちだ。
低俗なデカダンスと 聖人君子の悪の華の 区別がつきにくい時代になっている。だから味覚が大事なのだよ。
>二流の味はそれはそれでいいさ。うん、楽しかったと笑う。
二流の味が楽しいか、疑問だけどね。B級グルメのことを言ってるなら納得できなくもないな。
もっとも、俺的には、B級グルメの中にも一流と二流があるような気がするけどね。
>三流の味のなかに、何かいい点を見つけたりして話し合う。
なるほどね。「一流の味は求めないよ」というタッコングなんだから、当然そうなるだろうね。欠点は指摘しない。
ただ、「見つけたりする」「何かいい点」がどんな点なのか興味深いね。二流の楽しさでないといいけどなぁ、と何となく不安だね。
そこで、心を開いてくれたなら
二流の味のために、公式めいた答えでなく、
その人にあった答えを一緒にさがせれ〔ママ〕たらと願うね。
「その人にあった答え」というのは、例えばどんなものなのか、事例を上げて説明できるかい?
(➡ 口先だけのキレイ事を言う人間を「
郷原」というのだから、
きみは違うと示す意味で、そこは具体的に説明すべきだね。まあいいけど)
良薬は口に苦し、というだろう。オブラートにくるんで飲ませられる薬だけがクスリじゃないぜ。
飛び上がるほど痛い塗り薬もあれば、太っとい注射もある。
もっとも、私のように麻酔もかけずに手術するのは、異議もあるだろうけどね。どんなに手際が鮮やかでもね。
因みにさ、孟子でも荀子でもなく、ソクラテスの弟子プラトンでもないが、
『坊っちゃん』の作者:夏目漱石の弟子と言えなくもない、
内田百閒は、彼の有名な紀行の中で、用事もなくただ旅をするときには一等列車に乗りたい。用事のある時は、三等にも乗るだろう。
「しかし、どっちつかずの曖昧な二等には乗りたくない。二等に乗っている人の顔つきは嫌いである」
と書いてるよ。
頑固オヤジの店がはやるのに似て、
内田百閒は愛された随筆家(小説もある)だったね。
それは、
性善なるものを愛する人間の、自然な反応があるからなんだと思うよ。
おわり。