小詩集 雪の扉
杉菜 晃
◇尾瀬ケ原
虹に遇ふ
もつとも
さやかなるときに
◇車窓より
白鷺は立つ
点々と
四、五枚の
刈り田に
一羽
◇リボン
校庭の隅に
落ちてゐた
赤いリボン
風にさらはれて
飛び立つた
その少女の家に
◇タラント
カナリヤは
啼けば啼くほど
赤くなる
それはもう
本性のなせる業で
致し方のないことだ
◇白鷺
古沼に一羽の白鷺が
片脚で立つてゐる
当然影も片脚で立つてゐる
悄然として
いかにも寂しい風景だが
悲観することはない
本体と影と合せれば二本脚だ
白鷺が動けば影も動く
水面を打叩いて飛び立てば
波紋は拡がつていき
白鷺が新しい地平に立つてもなほ
余韻がひたひたと岸に寄せてゐる
白鷺
わが孤影
◇沖の船
炎天下
水平線上を
白い客船が行く
あまりにもはるかにして
距離の進捗は
はかばかしくない
一分後も
同じところにゐる
二分後も
ほぼ同位置だ
それならばと
五分へだてて視線をやると
客船は跡形もなく
気化してしまつてゐた
◇冬木
照る空へ
凛々として
冬木が立つてゐる
傍らに
昼の月を従へて
◇朝のあいさつ
カーテンを開く
暗い水を
押しやつて
金魚が浮上してくる
◇林
葉も落ち尽くして
あをげらとこげらが
樹をつついてゐる
音はそれのみ
シンカーン
とした
林間で
あをげらとこげらが
競つて樹をつついてゐる
◇ポプラ
ポプラの樹は
ひときは抜きん出て
そよ風に身をゆだね
手持ち無沙汰に
何もない空を
掃いてゐる
◇蜩
旅先の日暮れ道
忙しなく歩いて行くと
カナカナの鳴く里に出た
どうしてか
この村だけは
明るく日が射してゐるのだ
◇バス停
木枯らしが
身体にきつい
しばらく
バス停に立ち
人群れに紛れて
風をやり過ごす
◇駆け抜ける鳥
落ち葉を鳴らして
駆けていく鳥は何
枯れ葉に身を
隠さうとするから
よけい音は
大仰になる
目と嘴の鋭い
あの鳥は何
◇キリギリス
何昼夜も鳴きつづけて
キリギリスは
今朝鳴きやんだ
終着駅に着いた
列車のやうに
静かに
夜だけが明けていく
◇風花
碧天に
きらめき舞つてゐる
冬の前兆
優しい姿に化身して
かざはな
冷たさ
尋常でなく
人は決意して待つ
苛烈な冬の時代
◇雪の扉
野兎
日がな一日
雪の上にゐる
跳ね
佇み
∵・ ∵・ ∵・ ∵・
∵・
∵・ ∵・ ∵・ ∵・
∵・
◇ストーブ
ストーブに載せる
スルメ
干し魚
干し芋
玉蜀黍
いづれも
去年のもの
◇北の風景
葉も落ち尽くし
静けさが領してゐる
林間
枯れ枝を栗鼠が走る
炎の尻尾をなびかせ
凍りついた枝に
火をつけて回る
厳寒に
栗鼠は
早くも
春の準備をしてゐる
◇春の水
たうたうと
春の水は流れ下る
浮かぶのは
枯木
枯れ枝
枯葉
すべて過去のものたち
◇丘
牧が開く
牛はあこがれの丘へ
駆け登る
草を
舌に巻取り
巻取り