百科事典の使い方
クローバー


目の見えない私には
百科事典は
何の指針にもならない

漬物がよく漬かる重さだから
重宝しているんだ

それだけだよ




これはぼくのばいぶるなんだわからないことはなんでもこ
れにかいてあるよだからぼくにわからないことはないんだ 
あい、だってわかるし、し、だってわかるし、あのこがぼ
くのことすきだってこともまちがいないよ、かいてあるん
だから、だから、ぼくのきもちもかいてあるよあのこのき
もちをぼくはわかっているんだよあのこのきもちだってぼ
くはわかるんだわかってるよぼくもすきだよわかってるぼ
くにはわかるんだぼくはひゃっかじてんをもってるから。




これには、狸に戻る方法も
化けた狐と人間の見分け方も書いてないじゃないか
何が百科事典だ
これじゃ、いつまでも、あの山に帰れないじゃないか




おい、かぁさん、ビール!
はいはい、どーぞ
おう。
あら、百科事典なんてめずらしいわね。何を調べてるの?

(「ありがとうの言い方」なんて言えやしなかった。
 ましてや、ついでに、「愛してるの言い方」も探しているなんて)

いやなんでもない。




音  〔物が動いたり、ぶつかったりしたときに耳の中に感じられるもの〕
音楽 〔音を組み合わせて作った芸術〕

いったいどんなものなんだろう
見てもオレンジとブルーが隠れたり出てきたりしながら
波打つだけでわからないよ
何度、引いても、全然イメージがわかないよ
耳の中に感じられるものって体温とちょっとの湿気だけだよ
あと、みみくそ
あー、くそう!




百科事典はいろんな世界を見せてくれる
私は、辞典で旅に出るの
トリウムの海を泳ぐの、パチチ、チチ、と
細かな放射性物質が螺旋を描くと
途方もないエネルギーになって
私、勉強机の蛍光灯から貴方の上に降り注ぐの




僕の家には百科事典なんかないから
国語辞典を引きながら
百科事典ってどんなものなのか、想像する

世界中のすべてのことが書いてあるんだ
きっと、表紙は、虹色フィルムがピカピカと覆ってて文字なんか
関係なく、望むと頭に、意味がパパパーって出てくるに違いないよ
だから、アメリカでもイラクでもパキスタンでも中国でも
同じものを使っていて、百科事典を見るだけで
飢餓の救い方とか、孤児院の建て方とか、ケロイドの治し方とか
砂漠にオアシスを作る方法とか、悲しみの消し方とか、仲直りの仕方とか
なんでも、わかるんだろうなぁ。

きっと、みんな幸せになれるんだ。
ほしいなぁ、百科事典。




今日も百科事典は
日の出と共に起き
日が沈むと共に眠った。

ただ、今夜は、いつもより、多くのくしゃみをした。
僕がうわさしたからに違いない。

百科事典は背表紙を開くとビッと1枚ページを切り取って
ズズズーっと鼻をかんだ。
どうせ、中身を読まないのだ。
自身の使い方を理解していないのだ。



未詩・独白 百科事典の使い方 Copyright クローバー 2004-03-26 23:15:29
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