百科事典の使い方
クローバー
1
目の見えない私には
百科事典は
何の指針にもならない
漬物がよく漬かる重さだから
重宝しているんだ
それだけだよ
2
これはぼくのばいぶるなんだわからないことはなんでもこ
れにかいてあるよだからぼくにわからないことはないんだ
あい、だってわかるし、し、だってわかるし、あのこがぼ
くのことすきだってこともまちがいないよ、かいてあるん
だから、だから、ぼくのきもちもかいてあるよあのこのき
もちをぼくはわかっているんだよあのこのきもちだってぼ
くはわかるんだわかってるよぼくもすきだよわかってるぼ
くにはわかるんだぼくはひゃっかじてんをもってるから。
3
これには、狸に戻る方法も
化けた狐と人間の見分け方も書いてないじゃないか
何が百科事典だ
これじゃ、いつまでも、あの山に帰れないじゃないか
4
おい、かぁさん、ビール!
はいはい、どーぞ
おう。
あら、百科事典なんてめずらしいわね。何を調べてるの?
(「ありがとうの言い方」なんて言えやしなかった。
ましてや、ついでに、「愛してるの言い方」も探しているなんて)
いやなんでもない。
5
音 〔物が動いたり、ぶつかったりしたときに耳の中に感じられるもの〕
音楽 〔音を組み合わせて作った芸術〕
いったいどんなものなんだろう
見てもオレンジとブルーが隠れたり出てきたりしながら
波打つだけでわからないよ
何度、引いても、全然イメージがわかないよ
耳の中に感じられるものって体温とちょっとの湿気だけだよ
あと、みみくそ
あー、くそう!
6
百科事典はいろんな世界を見せてくれる
私は、辞典で旅に出るの
トリウムの海を泳ぐの、パチチ、チチ、と
細かな放射性物質が螺旋を描くと
途方もないエネルギーになって
私、勉強机の蛍光灯から貴方の上に降り注ぐの
7
僕の家には百科事典なんかないから
国語辞典を引きながら
百科事典ってどんなものなのか、想像する
世界中のすべてのことが書いてあるんだ
きっと、表紙は、虹色フィルムがピカピカと覆ってて文字なんか
関係なく、望むと頭に、意味がパパパーって出てくるに違いないよ
だから、アメリカでもイラクでもパキスタンでも中国でも
同じものを使っていて、百科事典を見るだけで
飢餓の救い方とか、孤児院の建て方とか、ケロイドの治し方とか
砂漠にオアシスを作る方法とか、悲しみの消し方とか、仲直りの仕方とか
なんでも、わかるんだろうなぁ。
きっと、みんな幸せになれるんだ。
ほしいなぁ、百科事典。
8
今日も百科事典は
日の出と共に起き
日が沈むと共に眠った。
ただ、今夜は、いつもより、多くのくしゃみをした。
僕がうわさしたからに違いない。
百科事典は背表紙を開くとビッと1枚ページを切り取って
ズズズーっと鼻をかんだ。
どうせ、中身を読まないのだ。
自身の使い方を理解していないのだ。
未詩・独白
百科事典の使い方
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クローバー
2004-03-26 23:15:29