クローバー




ばあちゃんは、朝一度
仏壇に線香をたいて
夫と長女に行って来ますをする
六畳間は、線香の匂いでいっぱいになる


煙たそうな赤ん坊の叔母さんとじいちゃんを見ながら
中学生の僕は
ばあちゃんに英語を教えてもらった
畳の上で正座するのが嫌だった


叔母さんは、白黒だけれど
明るい髪と明るい瞳の赤ん坊で
じいちゃんとは、血がつながらない子供なんだそうだ
僕はじいちゃんも叔母さんも白黒の写真でしか知らない


ばあちゃんは、英語が上手だった
母さんは、英語が下手だった
じいちゃんは英語が嫌いだったらしい
ばあちゃんも英語が嫌いだったみたい
今は僕に教えられたからそんなでもないのだそうだけれど


右目を閉じ、左目を少しあけた
笑顔の赤ん坊と笑顔のじいちゃんは隣り合って
血なんて関係なく似ていると思う
やっぱり煙そうに見える、いつも香の匂いがする六畳間


昔「線香の匂い嫌い」と言ったら悲しそうな顔されて怒られた
怒られたのより、泣きそうなばあちゃんに驚いて
その日から、言わないようにしよう、と心に決めた


「いつ英語を覚えたの?」僕は流暢に英文を発音してくれていた
ばあちゃんに聞いた、ばあちゃんは、笑いながら
「こーるがーるにされたときよ」と答えて
続きの英文を読み出したから、そのときはそれがいつか、結局わからなかった


じいちゃんも赤ん坊のままの叔母さんも
無限大で寝転んでいて
白い部屋の心電図は、長すぎる一つの山を書いて末広がるだけ広がって
水平線になったので
ばあちゃんも
無限大になって寝転んでいた


「苦しいのはいつも残されたものだけだよ」
ばあちゃんは、一度、そんなことを呟いた
偶然聞いていた僕は答えた
「ついていけばよかったじゃん?」
今思えば、なんてひどいことを言ったのだろう
無知は罪なり、小学生でも

10
ばあちゃんは、じいちゃんと叔母さんに
ただいまを、言いに、ちょっと遠くへ行った
仏壇の上
ばあちゃんは、二人の隣に、並んで、やっぱり微笑んでいる
叔母さんは、ばあちゃんにも、もちろん似ていた
もちろん、僕もばあちゃんに似ていた





未詩・独白Copyright クローバー 2004-03-26 23:11:47
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