さんぶん/秋
atsuchan69

 ある朝、敷きつめられた黄色の並木道は上り坂で、賑やかに下りてくる人々の顔といったら、酷くせわしく時間に追われ、それぞれの世界に憑かれた恐ろしい真顔をしていた。踏みつづけられる銀杏の葉。ふと、「秋扇」という言葉がうかぶ。彼らは駅に向かい、吊革の樹脂の輪をにぎり、あるいは美しい輝きを夥しい数の指紋が消したクローム鍍金の柱に寄り添ってゆれる。
 詰め込まれた彼らの車両はゆれ、揺れて運ばれる会社、学校、諸々の行き先へ。そして息苦しい時間・・・・個体距離などまるで無視した空間のなかで感じあう他人への嫌悪と肉体の素晴らしい感触、不潔な息と匂い。胸や尻のやわらかな接触と乱暴なくらい密着した数秒が、ふたたび押し寄せる。それは幾度も繰りかえされて諸々の行き先へたどり着くまで間断なく続く。しかし彼らは乗客であり、苦痛や不快は訴えるべき権利を有している筈だというのに何もしない。「ああ、悲しいかな/躾けられた家畜の性。

 暴力団とかヤクザだとか、どんな呼ばれ方をしても構わない。しかし殺しのあとは身も心もズタズタに疲れて、俺だっていくらなんでも人のつもりだし、あの高台に建てた家へ帰ってバラの花弁を浮かべたジャグジーにゆっくり浸かり、久保田の千寿でもいい、せめて一杯飲みたい。俺は深夜、寝ずの仕事をし、何故かこんな時間に帰ってきた、殺人者だ。
 迎えの車がすこし遅れてやって来た。そして俺はベンツの後部座席にふん反りかえって葉巻を吸う。
 「今朝はすこし肌寒い、もうすっかりと秋なんだな」


自由詩 さんぶん/秋 Copyright atsuchan69 2006-10-03 02:35:17
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