青い声が聴こえる日 デッサン
前田ふむふむ

一、 某月某日 冬

凍る雨を浴びつづけて、一年を跨ぎ、
わたしの頬は、青ざめて、
虚ろな病棟の、白い壁に残る、
黄ばんだ古いシミに親しむ。
難い過去を追走する暗路を、
エタノールの流れる雫で、溶かして、
わたしは、幾たびも、乾いた水底に沈んだ。

青白い癒しを、あてがわれた錠剤が、
怠惰する喉を熱くする。

耳の奥から、傲岸の冬の序奏が響き、
黒い地平線がみえる午後。――

砂丘を抱く眼がしらに、みずの囁きを聴こうと、
もがきの丈を伸ばして。
眼差しは、遠く茫漠として、
いつまでも霞のなかにある。


深々と降る雪が佇み、夢の裂け目を、曖昧にくぎる水平線の静けさが、閉じた眼の、白い波の上を横切り、死のふちにむかう汽船が、三たび、黒い容姿を消していった。つづいて流れる、三たび、止まる雪の声。溢れる涙は、音もなく浜辺を濡らして、薄っすらと、ひかりを映し始めた海は、艶やかな肌をあらわにして、点滴の河口に浮ぶ灯台を誘惑する。灯台は、真率な窓を開いて、ひかりの熱を蓄えてから、うなされている青い空に、身をまかせる。その空の深さの中に、寝汗の湿り気を、握り締める手が、ちからなく、沈黙した闇を抱いて、うな垂れている。


二、 某月某日 秋

青い空のカンパスが、ひたむきに、
秋の節目を染め急ぐ。
一面に青い暗闇をくばり、潤沢な絵筆を拒むのは、
隙間のない空が、充たされた言葉で、
散りばめられているからだろう。
わたしには、ない空が――、
わたしには、持てない空が流れている。

わたしは、震える指先を、
今日も、乾いたいのちの水底に沈めている。

傍らで、慟哭するあなたの狭い背中に、
あつめられた茫々とした空洞を横たえて、
水底は、空の余白を探りながら、
途切れない微熱を繋ぐ。
失われた声が、繰り返し、心電図の波形に浮び、
遠くに僅かに見える、夢に舞う鳥の声が、
瞼の膨らみを弛めて、
ふたたび、病棟は乾いたみずに濡れる。



(教えてください。
(父さん、僕の涙がみえますか。
(母さん、僕の声が聴こえますか。
(海はいまでも輝いていますか。
(空はいまでも青いですか。


自由詩 青い声が聴こえる日 デッサン Copyright 前田ふむふむ 2006-10-02 22:12:05
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