幽明の境
atsuchan69

夜の海/ 陸地をはなれ水平線に向かってすすむ
その暗がりを/ 滑らかな波を逆撫でるように
いつ沈むとも知れない虚空をとぶ/ 僕の魂が
闇にまぎれ狂い泣きながら、ただひたすらに
沖へ/ さらに沖へとすすむ//

 「僕は死んだ、
 にも拘らず 浮遊する/意識・・・・

そしてハイド・パークのスピーカーズ・コーナーに立ち、
今にも壊れそうなソープボックスから話す幽霊//

 ――時刻は深夜:人々の寝静まった頃――

 「さて、死ぬ前には誰だって恐れというものがある筈/
 ただ死んでしまえば恐れなど微塵もなくなるのだ、
 在るのは死のみ/ それ以上でも、それ以下でもない

 もちろん悲しみは残る ))) 

 「いや、それも人によるがね・・・・
 殺しのあとも平気でいられる奴は確かにいて、
 わたしもその一人だが、在世中は切り裂き魔だったのに
 この期に及んでも、いっこうに悔い改めようとはしない
 不本意ながら/わたしは既に死んでしまった訳だし
 悔い改めというのは本来、生者がすべき事柄では?

 「まぁ、罪深いわたしではあるが、不思議なことに
 ここには罰として受けるべき肉体的な苦痛さえもない
 しかし咽喉が渇く/ なぜか無性に//

純白の羽のざわめきに/地獄はつかの間/静まり返る
天使は深淵の最下層に降り立って微笑んだ/

 「永遠とは、けして苦しみではない
 今も闇の底で私の声は届いている//
 ――聴け、夜のしじまに微かにゆれる鼓動を
 燃えさかる地獄の業火でさえ
 かつて人の生きた影を消せはしない

すると崩れそうな山肌を背にひとりの詩人が叫んだ、

 「裏切りよ! そのすべての呪いよ!
 大地に染みた赤い血の呪いよ!
 おまえの流した血は、流砂に吸われて渇き、
 赤茶けた粒子を残して/ たった今、熱い風に舞う//

死の天使は、眩いばかりの知性を瞳に映し/こう云った、

 「意識こそが一個の時間であり、存在の核だと言える
 死は肉体に付随するのみであり、
 決して時間は存在を消しえない//

すると一層/あかく地獄が燃えさかり、
業火に焼かれる罪びとたちは口々に叫んだ。

 「意識は/ より大きな意識のなかに浮かんで
 やがて滝壷のような深淵に向って/ 堕ちて行くのだ//

 「死んだ最初だけ/永遠を見まちがうのさ//

 「この焼けるような痛みこそ/ 私自身なのだ!

そしてふたたび夜の海へ//

陸地をはなれ水平線に向かってすすむ
その暗がりを/ 滑らかな波を逆撫でるように
いつ沈むとも知れない虚空をとぶ/ 僕の魂が
闇にまぎれ狂い泣きながら、ただひたすらに
沖へ/ さらに沖へとすすむ・・・・


自由詩 幽明の境 Copyright atsuchan69 2006-09-25 00:02:06
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