続々レレレのレッ!
佐々宝砂

または帰ってきたサイレ星人。じゃなくて、「さ入れ言葉」の弁明。「さ入れ言葉」がわかんない人は、以下の文章を読んでおくように。
レレレのレッ!
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=8106
続レレレのレッ!
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=8192

まずは御礼。kさんからの私信で「辞典 新しい日本語」(井上史雄・鑓水兼貴 編著 東洋書林)という本があるというご示唆をいただいた。私信でも御礼しておきますが、私は私信が苦手なのできっと遅くなります、まずはここで御礼しておきます、ありがとです。

で、次に、「続レレレのレッ!」の「さ入れ」例文品詞分解の間違いを正しておきたい。

例文1(○正しい日本語)
・花を咲かせる。→花を咲かせられる。
(自動詞「咲く」の未然形「咲か」+使役助動詞未然形「せ」+助動詞「られる」)
・花を咲かす。→花を咲かせられる。
(他動詞「咲かす」の未然形「咲かせ」+助動詞「られる」)

例文2(?間違いにも正しいものにもなる日本語)
・花を咲かさせる。→花を咲かさせられる。
(他動詞「咲かす」の未然形「咲か」+使役助動詞未然形「させ」+助動詞「られる」)
・花を咲かさす。→花を咲かさせられる。
(他動詞「咲かさす」の未然形「咲かさせ」+助動詞「られる」)

どこが間違っていたかというと、上の品詞分解で「未然形」とした部分が「連用形」になっていたのだった。受身・使役表現につながる活用は未然形であって、連用形じゃなかったのだった。あと、助動詞「られる」は可能・自発・受身・尊敬の四つの意味があって、上記例文だけでは判断できず、いちがいに「可能の助動詞」とは言えなかった。大事なとこだったのに、間違ってしまった。ごめんなさいです。

また、私は、一見すると「さ入れ」言葉のような「咲かさせる」は、ほんとは間違いではないのではないか、と思い始めた。あからさまな誤用の「さ入れ」は、「父は私に歌わさせた」とか「世界は広いと思わさせた」というようなものだが、例文2はそういうものとはちょっと違う。おそらく、例文2だけでは、間違いかどうか判断ができない。なぜかというと、二重の使役というものがあり得るかもしれないからだ。「二重の使役」とは……

a-1 薔薇が咲く。(単純な自動詞文)
a-2 私は薔薇を咲かせる。(他動詞未然形、使役)
a-3 母は私に薔薇を咲かさせる。(他動詞未然形、使役未然形、使役)

上記例文a-3が「二重の使役」にあたる。自分で使いたいとは思わないし、耳慣れてもいないし、日本放送協会なら「このような表現はやめましょう」と言いそうだ。それでも、文法的に間違っているとは言えないと思う。個人的には、「れ足す」「ら抜き」ほど気持ちわるくない。

しかし、おのれの感覚だけを頼りにこういうことをやっているから、独学者は間違える。みなさん、私のいうことを1から10まで信用したりなさらないで、ご自分でもよっくとお考え下さいねー。


とあかるくかるく言い放って、また可能動詞の話に戻る。

可能動詞をつくることができるのは、五段活用動詞の場合である(サ行変格活用でも作れるが、説明が面倒くさいので省略)。外国人向き日本語文法的に言うと、五段活用動詞末尾の"-u"をとってかわりに"-eru"をつけると可能動詞ができる。この法則を上一段・下一段動詞にもあてはめてしまったのが、「ら抜き」だとも言える。

つかう人がどう思っているかは別として、「ら抜き」はただ「ら」を抜いているだけではない。「ら抜き」によって、日本語の文法は簡略化される。「られる」または"-areru"がついたら受身で、「れる」または"-eru"がつけばすべて可能の意味になる。「れる」「られる」に「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味が混在する今の状態よりずっと単純だ。たとえば、「ら抜き」でない場合に「食べられる」と言われても、意味は判定できない。「ライオンに食べられる」(受身)なのか「ピーマンを食べられる」(可能)なのか判断できない。しかし、可能動詞の法則を無理にあてはめて「ら抜き」にすれば、「食べられる」と言ったら受身、「食べれる」といったら可能、と簡単に使い分けることができるようになる。

この可能動詞の法則が蔓延し、「ら抜き」が当たり前になってくると、今度は、「られる」または"-areru"がついたら受身で、「れる」または"-eru"がつけばすべて可能の意味になるという法則がさらに単純化され、「られる」または"-areru"がついたらすべてが受身、「れる」がついたらきっぱり可能……という状態になるかもしれない。しかし単純に「行く」の未然形に「れる」をつけると「行かれる」になってしまい、今度は「行かれる」という言葉が受身と可能のふたつの意味を持つことになる(ところで、可能の意味の「行かれる」、すなわち「動詞の未然形+可能助動詞れる」は古い言い回しだが間違いではない)。「食べられる」にふたつの意味があるのを避けて「ら抜き」にしたのに、これではよけいややこしいことになる。ならば、「動詞の仮定形+可能助動詞れる」にして区別しちゃおう、ということになる。そして、その状態が、つまり「れ足す」なのだ、と私は考える。

この変化がさらに進むとどうなるだろう。「行かれる」という五段動詞の受身は、"-areru"をつけたら受身という法則にのっとっているが、ひらがなで書いたときにはこの法則が意識されない。そのうち「ら付き」というものがでてきて、「動詞の未然形+受身助動詞られる」が受身で「動詞の仮定形+可能助動詞れる」が可能ということになってしまうかもしれない。つまり、「られる」がついたらすべてが受身、「れる」がついたらきっぱり可能! もはや混乱はない!

焼く(活用なし)
焼けれる(可能)
焼かられる(受身)

ということになってしまう、かもしれないのだー! ひー!


今は「焼かられる」と言われてもきもちわるいのを通り越して「そんなのねーよー」なのだが、未来はわからん。数十年後の私は焼き場で「焼かられる」かもしれない。できれば「焼かれる」方がいいんだけどなあ。どうなるかなあ。


さて。恐ろしい未来を垣間見て「焼かられて」しまったので、「ら抜き」「れ足す」「さ入れ」に対してずいぶん寛容な気分になってきた。「ら付き」に比べりゃ屁でもないじゃん。ま、私が何を言おうとも日本語は好き勝手に変化するであろう。どこにどう進んだって、こちゃ知らぬ、こちゃ知らぬったらこちゃ知らぬ。と無責任に「閑吟集」もどきを歌いつつ、しかし私はまだ気持ち悪いのであった。「れる」「られる」二種の助動詞が「受身・可能・尊敬・自発」の四つの意味を持つ今の状態は、ほんとに複雑怪奇なのであろうか。国語辞典の活用表や学校国語文法の本を見ると、確かにややこしや〜。なのだが、外国人(正しくは日本語を母語としない人)に対する日本語教授法の本を見ると、それほどややこしくないじゃんという気がしてくる。

日本語教授法では、助動詞「れる・られる」という考え方をしない。動詞の「可能形」「受身形」「使役形」という考え方をする。動詞には「五段動詞」「一段動詞」「不規則動詞」の3種類があって、それぞれ別な形で活用する、と考えるのだ。この考え方だと、下一段も上一段も「一段動詞」として統一される。この考え方はとてもわかりやすい。

・五段活用の例
a-1 基本形「書く」
a-2 可能形 基本形末尾の"-u"をとって"-eru"をつける
「書ける」 kaku → kak + eru
a-3 受身形 基本形末尾の"-u"をとって"-areru"をつける
「書かれる」 kaku → kak + areru
a-4 使役形 基本形末尾の"-u"をとって"-aseru"または"-asu"をつける
「書かせる」 kaku → kak + aseru
「書かす」  kaku → kak + asu

・一段活用の例
b-1 基本形「食べる」「起きる」
b-2 可能形 基本形末尾の「る」をとって「られる」をつける
「食べられる」 食べる→食べ+られる
「起きられる」 起きる→起き+られる
b-3 受身形 基本形末尾の「る」をとって「られる」をつける
「食べられる」 食べる→食べ+られる
「起きられる」 起きる→起き+られる
b-4 使役形 基本形末尾の「る」をとって「させる」をつける
「食べさせる」 食べる→食べ+させる
「起きさせる」 起きる→起き+させる

てな感じ、あーすっきりわかりやすい、って感じしません? 私はする。だけど、気持ちはすっきりしない。だって「起きさせる」って日本語は間違ってない、確かに正しいけど、それより「起こす」って言い方の方が私は好きよー(ああしつこい)。というわけで、やむをえず個人的に上一段と下一段の区別を復活させてみることにする。

・上一段活用の例
b-1' 基本形「起きる」
b-2' 可能形 基本形末尾の「る」をとって「られる」をつける
「起きられる」 起きる→起き+られる
b-3' 受身形 基本形末尾の「る」をとって「られる」をつける
「起きられる」 起きる→起き+られる
b-4'
 使役形その1 基本形末尾の「る」をとって「させる」をつける
「起きさせる」 起きる→起き+させる
 使役形その2 基本形末尾の"-iru"をとって"-osu"をつける
「起こす」   okiru → ok + osu

・下上一段活用の例
b-1" 基本形「食べる」
b-2" 可能形 基本形末尾の「る」をとって「られる」をつける
「食べられる」 食べる→食べ+られる
b-3" 受身形 基本形末尾の「る」をとって「られる」をつける
「食べられる」 食べる→食べ+られる
b-4" 使役形 基本形末尾の「る」をとって「させる」をつける
「食べさせる」 食べる→食べ+させる

これで個人的には満足満足。ああ美しい語尾変化。この正しい語尾変化を「ら抜き」「れ足す」「さ入れ」に対応させると、下のようになる。

・五段活用の例
a-1 基本形「書く」
a-2 可能形 基本形末尾の"-u"をとって"-ereru"をつける
「書けれる」 kaku → kak + ereru
a-3 受身形 基本形末尾の"-u"をとって"-areru"をつける
「書かれる」 kaku → kak + areru
a-4 使役形 基本形末尾の"-u"をとって"-saseru"または"-sasu"をつける
「書かさせる」 kaku → kak + saseru
「書かさす」  kaku → kak + sasu

・上一段活用の例
b-1' 基本形「起きる」
b-2' 可能形 基本形末尾の「る」をとって「れる」をつける
「起きれる」 起きる→起き+れる
b-3' 受身形 基本形末尾の「る」をとって「られる」をつける
「起きられる」 起きる→起き+られる
b-4'
 使役形その1 基本形末尾の「る」をとって「させる」をつける
「起きさせる」 起きる→起き+させる
 使役形その2 基本形末尾の"-iru"をとって"-osu"をつける
「起こす」   okiru → ok + osu

・下上一段活用の例
b-1" 基本形「食べる」
b-2" 可能形 基本形末尾の「る」をとって「れる」をつける
「食べれる」 食べる→食べ+れる
b-3" 受身形 基本形末尾の「る」をとって「られる」をつける
「食べられる」 食べる→食べ+られる
b-4" 使役形 基本形末尾の「る」をとって「させる」をつける
「食べさせる」 食べる→食べ+させる

これですっきり? いや全然すっきり感がない。なんとかすっきりしたいのだが、なんとかならないだろうか。というわけでまだ続く。


散文(批評随筆小説等) 続々レレレのレッ! Copyright 佐々宝砂 2004-03-01 01:53:59
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