貴女のこと
クローバー

北風は、吹かない
春一番で、うるさい夜に
貴女はやってきた

ここはすごく田舎だから、地元の人で
ここが田舎だってこと、わかっているのは、ボクしかいないんだけれど
それは置いておいて
とりあえず田舎だから、お客はもてなすもので、それにならって
ボクは、貴女をリビングへ通した
「外は寒かったでしょう」
「どうしてこんなところへきたのですか?」
「それでも、もうすぐ春ですね」
「この風が、消えたら、暖かくなりますよ」
「どうして、ボクのうちへ?」
質問には、答えずに貴女は、ふぅ、と息を吐き
「あなたは、男性なんですね?」
と、言って、目を伏せた。

ボクは、溶かしたチョコレートを
ステンレスのコップに注いで貴女に出し、宿を紹介した
それでも、貴女は「ここにいます」と言った
そして「あなたのことが知りたいわ」と言った
それが一番の理由だった、貴女がそれを決めたなら
誰が文句をつけるだろう?
貴女は、そのまま泊まっていった
無用心なのは、こっちもそうだし
別に、金をとろうなんて気もない
こんな日に追い出したら、それこそ近所の人が
何て言うかわからない「嵐に女を放り出すような、ひどい男だ」
「さすが余所者、血も涙もねえ」
影で聞こえるようにそういう人々の姿が目に浮かんだ。
余所者は、ボクも貴女も同じだったから、貴女が他の家に行っても
招かれるだろうが、泊めてもらえないことは、目に見えていた
彼ら自身がすることは許されても
ボクがすることに対する考え方は
彼らのそれとは微妙にずれていることをボクは知っていた
泊めたとて、見つからないように帰ってもらえばいい
そう思い、泊めることにしたのだ
下心など・・・、まぁ、少しはあった

ここは止まった世界だった、池の氷に閉じ込められた、ドングリのようだった
腐らないで、赤茶の光沢が命だったものを守っていた
伸びることのない、芽を守っていた
貴女は、春一番とやってきた
北風ではなく、うるさい嵐と共にやってきた

ボクは、貴女のリクエストどおりにボクと言う存在を話した
チョコレートを、傾けながら、貴女は聞いていた
こちらのことを話せば、貴女のことも聞けるだろうという
算段が確かにボクにはあった
しかし、一言も発することなく黙々と貴女は聞いていた
「・・・という人間なんです、それで、ここに住んでいるんです」
ボクの話を聞き終えて、貴女は一言
「そう」
と言い、興味もなさそうに
「おやすみなさい」
と言って用意した寝床へ、下がっていった

明けると、どこかへ、行ってしまっていた
挨拶もなしに、とも思ったが、知られずに帰ったのなら
願ったり叶ったりだった

しかし、昼ごろ、貴女は帰ってきた、少しだけ微笑むと
「宿代です」と言い、ポケットから紙幣を取り出した
「かまわない」と言うと、悲しそうな顔になったので
しかたなく、五枚のうち、一枚受け取った
昼食を、食べたのか聞く、すると、無言で首を振り
「朝食も食べてないんだろう?」と聞くと、これまた無言で頷いた

食事をしながら
他の人に見つからなかったのか、聞いたが、それには答えず
「ごちそうさまでした」と言い
用意した部屋へ、下がっていった

その日は、それきり、部屋から出てこなかった

次の日も
貴女は、夜中のうちに抜け出し、昼ごろ帰ってきて
そして、紙幣を一枚、机の上において
部屋に篭るのだった
もと来た場所に、帰る気配を見せずに。

ある日、なぜ夜に抜け出すのか聞くと
「眠れなくなってしまうから」
とだけ、答えた

そしてそんな日々が、2ヶ月過ぎた

その日の朝も当然のように、寝床には姿がなかった
またふらりと帰ってくるだろうと思っていたが
しかし、帰ってくることはなかった

「気分が変わったのだろう、帰ることができてよかった
 こんなところにいても、しょうがないんだ。よかったよかった・・・」
と、口に出していた自分が、返事を待っているのに気づいた
眠ることを、できないでいるのに、気づいた
貴女の部屋から、寝息が聞こえる気がして、何度も覗いた

二日後、帰ってきた貴女は、見るからに気力がなく
蒼白だった「宿代・・」「いいよそんなもの、いらないよ」
無理やりな笑顔を見せると、貴女はふらふらした足取りで部屋に入っていった
あまりの状況に、何があったのか、聞けなかった

春、桜が咲き、そして、散り始めたころに、貴女は
また、どこかへ行ってしまわれた
どこかを探そうとは、思わなかった
ましてや、ボクは、貴女のことを、どうとも思ってなどいないのだから

夏、痴漢が増えるこの時期に
排水溝の中で
生まれたばかりの子を抱えたまま
の死体を
見つけ
貴女がボクの前から姿を消した理由を知った

子供ができてしまったのだろう
そのせいで、仕事ができなくなり
居ずらくなって、出て行ってしまったのだろう
そんなこと気にする必要なかったのに

ハエのたかるそれを
排水溝から引きずり出して
タオルに包むと
うちまで連れ帰り
庭に埋めた

子供は、保健所に連れて行った
「親になる人が現れるといいな?」
保護もなく、目の開かない子が
生きられるのはそこしか知らなかった

母親の乳房を求める歯の生えぬ口が
指を食んだ感触が今も残っている







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(今のボクは、何を書いていいのか、わからないから
 とりあえず、嫌いだとか、好きだとか、それを考えるのも億劫だから
 と言って、何か書かないでいることもできそうにないので
 置いておきます、ごめんなさい、ただ、子猫が幸せになるように願っています)






未詩・独白 貴女のこと Copyright クローバー 2004-02-15 03:00:34
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