ムスクの思い出
クリ


ムスクの香りのする女がいた
自分は頭が悪く、仕事もできないと思いこんでいた
僕といっしょになることはないのだ、と信じていた
彼女の思いを論理で解きほぐすことは無理なことだった
ムスクの香りが、どうしようもなく立ち上ってくるごとく

「あなたはいつも、あなたのところに帰ってしまう
私には帰るところがないのに、あなたにはある」
そう言って泣いた

 僕は…、
 好きだよ…
 僕は…

  「昨日雨に降られた。そしたら知らない女性が傘を差し掛けてくれた。
 途中まででも、って。僕は高校生のようにドギマギしちゃった」

「ずっと未来になって」と彼女が突然言う
「私が雨に濡れていたら、ずっと未来でも
傘を差し掛けてくれる?」

 約束はできない
 約束はしない
 約束は嫌いだ

雨が降っているのは今日だ
僕も、君もずぶ濡れだ
僕には一本の傘もない
そして君の体からまたムスクの香りがする
僕はこの香りを嗅ぎたいために
わざと傘を持ってこなかったのか?

「全然予想しなかったな」 何を?
「こんなに辛いって思わなかった」
そう言って笑った

 「僕はどんな匂いがする?」

「違う人の匂いがするよ」

 僕は…、
 僕は…、
 好きだよ…

 君の香りが


                          Kuri, Kipple : 2000.01.18


自由詩 ムスクの思い出 Copyright クリ 2004-02-15 00:54:33
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