夜に向かう実験艦シュレスヴィッヒ・ホルスタイン
大村 浩一

どぎついサンセットで終わった一日
夜のはじまりに静まり返る東シナ海
水平線の果て光り輝く香港の淫売宿を目指して
我等が実験艦シュレスヴィッヒ・ホルスタインがひた走る
ふらふら揺れながら傾きながら
無闇やたら積まれた食器やら家畜やら
ガチャガチャブーブーゆわしながら
我が実験艦シュレスヴィッヒ・ホルスタインは
おれの心の夜を
おれの心だけにあるアルカディア目指して走る
最大戦速わずか10ノット
煙突からもうもうと活火山のように煙を吐き
船底にびっしり生やしたフジツボワカメ類を
ズルンズルン引きずりながら
航路は正しいのか
南沙諸島に座礁しはすまいか
クロノメーターは合っているのか
重力式の鳩時計だが


そいつがぽっぽうぽっぽうと午後7時を打ち
船上レストランは船員たちの夕食で大賑わい
当直は持ち場にちゃんと居るのか
現に照明がときどきフラフラまたたくじゃないか
何があろうとムーディな演奏を止めない
ユーゴ出身の専属オーケストラには影響も無いが
そのたびの酔っ払っいどもの高笑いやら食器のぶつかる音
ウエイトレス姿の美少年どもが尻触られてキャーとかあげる矯声などが
おれにはいささか鬱陶しい
この酔いどれ船どうせ夜半には大喧嘩になると分かっている
うんざりしつつとうに実験ではなくなったこの実験に
おれもついにはゆらゆらほろ酔いでたゆたってみる
我が実験艦シュレスヴィッヒ・ホルスタインは
おれの心の夜を
おれの心だけにあるアルカディア目指して走る
最大戦速わずか10ノット
煙突からきらきら活火山のように火の粉を吐き
船底にびっしり生やしたフジツボワカメ類を
ズルンズルン引きずりながら
航路は正しいのか
西沙諸島に座礁しはすまいか
重力式鳩時計はちゃんと合っているのか
長針が先程からぐりんぐりん回っているのだが


ここいらで一度ちゃんと説明しておこう
我が実験艦「シュレスヴィヒ・ホルスタイン」は
さいしょから実験艦だったのではない
元は帝政ドイツのれっきとした戦艦だった
1908年に前ド級戦艦ドイチュランド級の一隻として建造され
第一次大戦時にはすでに陳腐化して残存
同じ理由で敗戦時にもスカパフローでの自沈をまぬがれ
次の大戦までをナチスドイツの練習戦艦として生き抜いた
第二次大戦末期に船団護衛に駆り出され英軍の爆撃で損傷
1945年3月にグディニアで処分されたはずが
某国政府機関がアジア地域のスパイ母船とするべくサルベージし
タガの外れたような改造に改造を重ね現在に至る
以上は豚の妻を持つヤク中の船員から聞かされた話


それにしてもいささか揺れが酷い
航路はほんとうにあってるのか
南沙諸島に座礁しはすまいか
測る方法を誰か知っているのか
重力式鳩時計が本体ごとぐりんぐりん回り出したのだが


<南方と詩に関する連を追加>
とここに最初から書いてあったが
なんにも思いつきませんのでこのまま
だいたいこの齢になって「実験」などとは片腹痛い
そんなものは若い頃の泡娘くんずほぐれつ四十八手裏表で
お互いとうに遺憾無く乗り越えてきた筈ではないか
壊す力を奮う、壊れるものが無い               ※1
そんな事はこの船上レストランを見ていれば
すぐ分かるじゃあないか
(まっすぐな詩など要らぬ 性悪女のねじくれた詩こそが要る)
幽霊夜行列車さながら悲しげに
フヒョロロォと蒸気圧の足りない汽笛ひとつ
光りゆらめく豪華船上レストランが無ければ
老いぼれたハイエナみたいに見えるなあこの船は
船底に海草をズルンズルン引きずりつつ
何を実験するのかも思い出せないまま
それでも夜を生き夜を愛するものたちのために
実験艦シュレスヴィッヒ・ホルスタインは
ひた走り続ける
重力式鳩時計が遂に落っこちてきて
サブマリン747のブン殴り副長の脳天を直撃
さすが副長、反射的に側にいた航海長を殴りとばし
(イヤァーーカラダハ正直ダネ)
いつものように艦内全ての陶器磁器便器を粉砕する
大喧嘩が始まる                       ※2
専属オーケストラは何があろうとムーディな演奏を止めない
タイタニックのそれより任務に忠実
我が実験艦シュレスヴィッヒ・ホルスタインは
生まれたての破船として
生まれつきの破船として
おれの心の中だけを
おれの心の中だけを
走りつづけている
最大戦速わずか10ノット
船底にフジツボワカメ類を
びっしりと生やし
無闇やたらと積まれた楽器や食器や家畜を
ガチャガチャブーブーゆわしながら


      ※1 平出隆『断章31』から引用
      ※2 西原理恵子の漫画から引用

初稿 2001/11/14
初演 2002/5/4-5 T-THEATER(代表・奥主榮)   
         第3回公演『いったきり温泉』


自由詩 夜に向かう実験艦シュレスヴィッヒ・ホルスタイン Copyright 大村 浩一 2006-05-09 12:40:03
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