異形の詩歴書 13歳
佐々宝砂

 13歳の私は、キャプテン・フューチャーと火星シリーズと栗本薫の小説を愛した。それらの本はすべて母が母自身のために買ったものだった。母が買ってくる本はだいたいが私の趣味にあっていたし、面白くもあったので、私はあえて母に反抗しようとは思わなかった。母は、私が自分で買う本を検閲したりはしなかった。私自身も、母の期待に応えるかのように、マンガではなく純文学とSFばかりを買ってきた。たとえば、13歳の私は『白鯨』と『エスパイ』とツルゲーネフの小説とドリトル先生のシリーズを自分で買ってきて読んでいる。このころすでに、幅広く分野を問わずかつ偏った、現在の私とさほど変わらぬ読書傾向ができあがっていた。そして私の小遣いの8割は書物に変じていた。

 さて、そんなある日のこと、担任の教師が、中学生向きに編集された本の注文書をクラスのみなに配った。あまり面白そうな本はなかったし、買わねばならないというのでもなかった。買いたければ買え、という程度のものに過ぎなかった。しかし学校経由で買う本だから、間違いなく親が金を出してくれる。こんな絶好のチャンスを逃すものかと私は考え、思い悩んだ揚げ句、『現代日本詩集』という本を選んで注文した。すると、担任教師が、「こんな変なものを本当に注文してよいのか」と私に問うた。私はそれを聞いてひどく頭にきた。詩が読みたいから詩の本を注文するのだ、文句あるか。

 それまで私は、特別に詩というものを意識しなかった。しかしこのとき、突然のように、詩に対する愛着が意識された。私は詩が好きなのだ。それは母から与えられたものではなくて、学校で教わったものでもなくて、私が自分で見つけた、私のための文学なのだ。私はそう信じた。本当のことを言うならば、私は結局母の呪縛を完全には逃れ得なかったし、かなりたくさんの詩を学校で教わった。問題の『現代日本詩集』だって、とどのつまりは学校経由で買ったものだ。しかし、私はこのとき、確かにそれを自分で見つけたと信じた。そのように信じたかったのだと思う。

 ようやく手に入れた『現代日本詩集』というその本は、当時の水準から見ても、けしてよい本ではなかった。そこには佐藤春夫のヒノマル万歳の詩が載っていたし、「螢の光」の4番などというやたらに愛国的なものも載っていた。今から20年前の話だけれども、いくら何でもその内容はとてつもなく古かった。だいたい中学生のための現代詩集、と銘打っておきながら、そこに収録された詩は全然現代のものではなく、いくつかはこむずかしい文語体の詩だった。私は文語を読むのに不自由がなかったが、普通の中学生は文語にはめげるのではないか、よくわからないが。全く、どうしてこんな詩集が黙認されていたのか、今考えると不思議である。きっと、中学生のための詩集、などというものは、誰にとってもどうでもよかったのだろう。

 しかし、私には、どうでもよくはなかった。なにしろ、「詩は私のための文学なのだ!」と決めた直後である。私はその『現代日本詩集』をそれこそ舐めるように読んだ。今もこの本は私の手元にあるが、うかつに開くとぽろぽろとページがこぼれ落ちる。これほどひどい状態になるまで読みこんだ詩の本は、後にも先にもこれしかない。

 私がこの本ではじめて出逢った詩人はたくさんいる。八木重吉、三好達治、吉田一穂、野口米次郎、大手拓次、金子光晴、森鴎外、室生犀星、高見順、神保光太郎、蔵原伸二郎、草野心平、安西冬衛、北原白秋、堀口大学(中原中也と高村光太郎と萩原朔太郎の名が抜けていることにお気づきだろうか。私はこの『現代日本詩集』以前に彼等の詩と出逢っている。教科書に載ってたからね)……しかし、それら私の気に入った詩人の詩集のうち、学校にあったものは八木重吉と北原白秋と三好達治のものだけだった。だから私は、この出会いをこれ以上のかたちに発展させることができなかった。私はそれが今も悔しい。できるものなら、当時の私に、草野心平の「宇宙天」を、大手拓次の「藍色の蟇」を読ませてやりたいと思うのだ。

 しかし、とりあえず、13歳の私は、『現代日本詩集』を消化しなくてはならなかった。それはうすっぺらな本だったくせに、たくさんの詩を載せていた。その中でも、私は、野口米次郎の「船頭」という詩がどうしようもなく好きだった。それから蔵原伸二郎の「断片」、大手拓次の「青狐」、草野心平の「青イ花」と「秋の夜の会話」、北原白秋の「時は逝く」、八木重吉の「素朴な琴」、安西冬衛のあまりにも有名な「春」、室生犀星の「寂しき春」、中勘助の「われら千鳥にてあらまし」、吉田一穂の「少年」、壺井繁治の「朝の歌」、神保光太郎の「鳥」……

 私は自分で詩を書こうとは思わなかった。この聖者の群に自分が加われるはずなどないと思った。私はノートに聖者たちの言葉を書き写し、簡単な感想を書き添えた。それで私には満足だった。

2001.3.27.(初出 Poenique/シナプス)


散文(批評随筆小説等) 異形の詩歴書 13歳 Copyright 佐々宝砂 2006-04-14 21:03:37
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