震顫
佐々宝砂

明るい朝の日差しのなかで。
痙攣する手が手渡そうとする綿毛のたんぽぽ。
飛び立ってゆく綿毛、綿毛、
白いこどもたち。


白いのは綿毛ではなく世界ではなく私の視界でありより正しく言うならば私の視界が白いのではなく私の視床下部が過熱しているため他の脳機能が一時的に麻痺していてだから視界が真っ白になっているのだとその時点で認識できるはずもなくただひたすらに白く。

最初に気づいたのは手の振戦で動いてるときは何ともなかったのが静かに抱き合っていると両手が小刻みに震え特に左側が震えてなに震えてんのと訊いたら俺は昔からよく震えるんだチワワみたいで可愛いだろと言うのでううん可愛くない怖いよと言いながら顔を見つめるといやに無表情でそういえばこのひとはいつも無表情なのだ本人に言わせると無表情じゃなくてクールなんだそうだけどそれって言い訳じゃないかなと思うのは無表情を専門用語で言えば仮面様顔貌または全身の状態で言うなら無動ないし寡動それはあの病気の症状の一つだと私が気づいてしまったからででもそれをあのひとには言えずあのひとはまた平然と酒を呑み頭痛がすると言っては鎮痛剤を服みこれを服むと震えが収まると言ってはトレドミンを服みそのあいだまるでものを食べないから怖くてみていられないけど目を離すのも怖いから結局みている背中が前に傾いでふらついてさすがに心配になってどうしたのと訊ねると目の前がちかちかして白いと答える口調がいささかグロッキーで起立性低血圧という単語が頭に浮かびそういえばそういえばこのひとの言葉には抑揚が少ないこのひとの姿勢はいつも前に傾いているそういえばそういえばとつぶやく私の脳裏でピースが嵌まりはじめて私は彼の眉間を一度だけ軽く叩くというのも何度も叩いてみる勇気が私にないからで眉間を何度か叩くと通常はそのうちまばたきせずにいられるようになるが何度叩いても毎回まばたきしてしまう反射異常がマイヤーソン徴候マイヤーソン徴候マイヤーソン徴候いまは忘れていようと思っても私にはきれいな夢さえ見られずひとつやねのしたにすめなくてもふゆのさくらと新川和江が書いたように夢みたくても私に思い浮かべることのできる夢はいちばんきれいな場合で痙攣する手が握る綿毛のたんぽぽで。

いま私を抱いている震える手の持ち主にそれを伝える意志を私は持ち得ず私の視界は再びみたび白くなりはじめ私どうせ不妊症なんだからおねがいできないんだからおねがい全部ちょうだい私の中におねがいと私は自分が何を言っているのか判断できない状態で絶叫する。


白いこどもたち。
飛び立ってゆく綿毛、綿毛、
痙攣する手が手渡そうとする綿毛のたんぽぽ。
明るい朝の日差しのなかで。


蘭の会4月月例詩集「たんぽぽ」
http://www.os.rim.or.jp/~orchid/



自由詩 震顫 Copyright 佐々宝砂 2006-04-15 00:46:42縦
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