七つの短編詩「少年の青い揺り籠」
前田ふむふむ

七つの短編詩
      平成十七年四月―五月

(KOTOBA)
僕はkotobaをいったことがあるだろうか。
振り返っても、正確には思い出せない。
でも、記憶の片隅にわずかにktobaを
言っただろう僕がいる。
これから先、人生でkotobaを
いくつ言えるだろう。
kotobaを渇望して僕がいるのに。
たくさんのkotbaをいってみたい僕がいるのに。
いってみたいkotobaが見当たらない。



(十円玉)
道端で十円玉が落ちていたので拾ってみた。
拾った十円玉を眺めていたら、
十円玉の顔に皺を見つけた。
十円玉の顔の皺を伸ばそうと擦ったら、
「僕は色々な人生を歩んで来たんだよ」
 といっている。
十円玉を感傷的に見ていたら
「人生を君に任せるのも、少しこころもとないな。」
 ともいっている。

僕は、十円玉が独りでは寂しいから、
恋人でも作ってあげようと思い、
家に帰ってから プラスチックの小銭入れから
金ぴかの五円玉を取り出して
テーブルの上に十円玉と並べて置いた
十円玉は照れくさそうにしていたので
少し、奇麗に磨いてあげて
「お似合いのカップルだね。」
というと、五円玉に寄り添いながら
微笑んだ。


(そよかぜにのって)
    
そこを曲がると目的地だ。
たくさんのヒヤシンスの花が僕たちを見ている。
そう、あの青い塔のある丘まで競争だ。
君の長い髪がそよかぜにのって
春の歌を奏でている。
僕が勝っては駄目だと、
袖を引っ張った君は
やさしく、はにかんだ。

太陽の日差しがおだやかな丘のうえで
かすかな涙が君の頬をつたった
大丈夫だよ
僕が君の涙と涙のあいだの夕暮れを
無限の花で埋め尽くしてあげるから。


(玩具箱)
埃を被ったガラクタ模様の玩具箱を
開けたら、言葉の破片が飛んでいた。
破片はくっついたり、離れたり
小さな社交場をつくっている。
楽しそうなので、中から玩具をひとつ取り出したら
古ぼったい、ただの箱になった。

慌てて玩具を元に戻したが
もう皆が沈黙の言葉を話している。
僕は悲しくなって、
玩具全部の 埃を奇麗に取って、
整頓して箱の中にいれたら
キラキラと透明な音をたてて
玩具は少年の瞳のように輝いた。
暫く、眺めていたら 安心したのか、
静かに鼾を掻いて眠りだした。
玩具箱は社交場から寝室に変わったので、
僕はそっと玩具箱を元の場所に
戻しておいた。


(柱時計)
頭のなかでいくつものゼンマイ仕掛けの柱時計が
ガラアンゴオンと時を打ち鳴っているようで
苦しくなって、言葉を吐き出した。
苦しいのに装い着の言葉が飛び出した。
楽になりたくて、誰もいないところで、
おもいきり言葉を吐き出したならば、
柱時計の音は止み、
あとには茫漠とした虚しさだけが残った。
徐に、ゼンマイ仕掛けの柱時計が
なつかしくなった。



(空)
コンクリートでガチガチに固めた
窓だらけの高層ビルの側面に
凛とした空が映っている。
眺めていると、
こっちが本物だよ と本物の空に、
挨拶された。
しばらく、見くらべていたら
美しいと想ったほうがほんものだよと
誰かがいっている。



(もしあの日、雨が降っていたら)

あの日と同じ晴れわたった空の下
少年たちの声がきこえます。
あなたは野球大会で
優勝するとこころを弾ませていましたね。
自分の勇姿を好きな彼女に見せるとも
もしあの日、雨が降っていたら

もし、あの日雨が降っていたら
あなたは家にいたでしょう
もし、あの日雨が降っていたら
あなたは唇を噛み締めて、
悔しがったことでしょう
もし、あの日雨が降っていたら
   あなたは病棟の肌色をした植物になんかに
   ならなかったでしょう。
もし、あの日雨が降っていたら

私は、太陽が照り返す路上を、
今日も傘をさして歩いています。





自由詩 七つの短編詩「少年の青い揺り籠」 Copyright 前田ふむふむ 2006-03-10 17:38:19
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