桜の園
前田ふむふむ



一千本の咲き乱れる桜の木の、舞踏が繰り返される。
そこから溢れ出る、花弁の洪水のあでやかさ。
男は桜のにおいに溺れながら、身をゆだねていった。
何も振り返らずに、ここに来たのかも知れない。
桜の花の儚さがそれをさせたのか。
諦めることをたやすくするために。
もしかすると、何も知らずに、ここに来たのかも知れない。
桜の花の美しさがそれをさせたのか。
いつも、ずるがしこい季節が仕組んだからくりに騙されているので。
無論、それは世界が始めから周到に準備されていた、
途切れることの無い桜吹雪が舞う楽園のベンチに腰を下ろせば、
花びらの中を男の歴史が一瞬、蜉蝣になって過ぎてゆく。
この華やかな桜の木々が百年を、生き続けるには、
凡そ五十年目に、上手に若木に接木をしなくては、生きて行けないという。
その巧妙な仕掛けを間違えた、惨めな影法師が寂れた泥地で、桜を浴びることが出来ずに、野良犬と戯れている。
男にとって、この屈辱的な程の木霊の華麗さも、過酷なまでの花々のいとおしい短い抱擁も、春雨が滝のように降れば、世界は悉く、色あせて沈黙してゆくだろう。
男は、その時、都会のビルの中で、さくらと題する絵画の眼線をうけて、一人、自分にむかって、うなずいた。
いま、新しい時代が男の躰の中を、静かに動き出す。




自由詩 桜の園 Copyright 前田ふむふむ 2006-03-09 19:57:47
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