継ぐ人
umineko

またその話か…。

正直、私はうんざりする。何度同じことを言わせるんだこの人は…。私は、兄と一緒にほぼ絶望的な説得を続けていた。

私たちの言いたいことはひどく単純だ。足を悪くしたその人に、これ以上農業はしないで欲しいと頼んでいる。他人ならともかく、その人は、父親ともいう。ドクターストップがかかり、入院までしていたのだ。

退院から何日もたたないうちに、母から丁寧なメールが届く。(お父さんが言うことを聞かないので困っています。)、と。友人から届くメールとは明らかに違う由緒正しい日本語は、ひっ迫した事態を正確に告げていた。

(じいちゃんが、ワシにゆうたんじゃ)
(お前はバカで、計算も出来ん。使い物にならん。だけえ農業もやらさん。)
(ワシはそんとき、ワシは大学もでとるでゆうたのに、聞かんのじゃ)

父は若い頃、身体を悪くしていた。重労働は出来なかったと聞いている。それはおそらく、当時の寄り合いにあって、かなり肩身の狭いポジションだったのだろう。祖父の期待と落胆も、わかる気がする。それは戦後すぐ、という時代。私たちが、遠く、忘れた。

(だけえ、ワシはじいちゃんが死んでから、一所懸命仕事をしたんじゃ)
(それから、ワシのことを、グズじゃあバカじゃあゆうて、いう人はひとりもおらんようになった)
(ワシは、一生懸命やったんじゃ)

だが。それは彼の身体に明らかな負担を強いていた。もう、ゆるやかにライフスタイルを変えるべきころ合いなのだ。たぶんみんなわかっている。だが、彼の意志は揺るぎない。

(ワシは、一生懸命やったんじゃ)
(ワシのことを悪ういう人は、ひとりもおらん)

食卓を囲む誰に告げるでもなく、そういって彼は立ち上がる。
誰が悪いとか。病気のせいだとか。そんなことは、問題じゃない。
延々と受け継ぐことを。誇りにする時代が、ここにあったのだ。

私は、遠い歴史の上で、繰り返される哀しみを、思う。
私たちは。人の中で生き、人の中で死んでいく。
その事実が胸を塞ぐ。


私たちは。何を残していくのだろう。
私は。どこにいくのだろう。
 
 
 


自由詩 継ぐ人 Copyright umineko 2006-02-19 23:06:02
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