幸せの森—散文詩
前田ふむふむ

大きな扉のような窓に頑丈な格子があり、青い大男と黄色い小人が棲んでいる、青い大男は冒険者の物語を愛し、常に快楽を渇望している、黄色い小人は世界と神の歴史の真実を語り、常に高邁な書物に埋れている、その部屋の片隅にわたしは都会の恐怖に怯えて、孤独の広場に蹲っている、格子窓の向うに断崖がある、心の高まりとともに、耽美な誘惑に身を焦がして、何度と無く、断崖に登ってみた、頂上には、無限に沈黙の闇が広がり、わたしは剃刀の刃の上にいた、恐ろしくなって、いつも虚しく格子のある部屋に帰る、そして、再び、奇妙な同居生活が始まるのだ。

頭が痛いので鎮痛薬を飲んだ、苦痛のバスに乗っていたわたしは、頭の中に棲み付いている青い大男と黄色い小人が、居なくなったので、苦痛のバスを降りたら、そこは断崖の頂上であることに驚いた、強風に吹かれ恐々としていると、突然、眼の前が霞みだし、まどろみの雑踏の中に。木々をわたる風が突然、止んだ。小さな緑の妖精たちがあらわれて、わたしを囲んでいた。小さな緑の妖精たちは私を幸せの森に連れていった。透明色の森は木の隙間を眩い宝石で、埋め尽くしたようにキラキラしていた。森の合唱隊が天使の声で、鎮魂の歌をうたっていた。光が強く射しこむあたりにひとりの女性が横たわっていた。そこを数人の人間そっくりの大きな妖精が寄り添う。女性の眼には涙が溢れ、やさしい微笑を湛えていた。女性は語りつくしたい。最後の言葉を。最後の思いを。消えかかった声を振り絞って、話し続けていた。それを大きな妖精は一言ずつ漏らさずに答えていた。私はその光景をしばらく眺めていると、
小さな緑の妖精のひとりが、

(あの女性は誰にも看取られること無く旅立つ人です)
(そのような人は旅立つ前にこの森に来るのです。人)
(は生まれてくるときは、必ず祝福されて生まれます。)
(どんなに少なくても母親という一人に抱かれて生ま)
(れます。だから、決して死ぬときも一人であっては)
(ならないのです。)

小さな緑の妖精は語り終えると、キラキラとした硝子の鈴を鳴らしながら歩き出した。わたしはたくさんの小さな緑の妖精たちに手を引かれて、後について行った。俄かに、木々をわたる風が吹いてきて、わたしはまどろみの雑踏から放り出された。しばらくして、鎮痛剤の効き目が切れてきたら、わたしはもとの苦痛のバスに乗っていた。バスの窓から覗いたが、幸せの森は見えなかった。

だが、峻険な断崖は消えてなくなり、穏やかな空気が満ちて、母が夕餉の支度をしており、その後姿から生命の声が優しく囁いてくるのを、私は静かに聞いていた。その声は、わたしの内部を爽やかに駆け巡ると、わたしの掌から、再び溢れ出して、母の背中にむかって、温かい放物線を描いて流れていった。


                    


自由詩 幸せの森—散文詩 Copyright 前田ふむふむ 2006-02-06 07:04:22縦
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