鳥取大学付属病院精神科閉鎖病棟のおもい出
馬野ミキ

1999年8月某日

午前七時起床
朝食後、心理テスト
当てはまると思うものを○で囲む
それからこのテストを作った奴が俺よりちゃんと世界を観ているのか
どうかということが一時間に一度くらい気になる
注意書きにあるようになるべく深く考えないように努める


昼食のオレンジを残す
蝉が1万匹ぐらい鳴いている
残飯入れの前で突っ立っているおっさんがいる


午後、
白の画用紙をもらう
太陽と家と自分と川を好きに書けという
どの位置にどんな大きさで太陽を書いたら或いは自分を書いたら
またその位置関係についてが幾つかのパターンに分類され
それはここ何年かでもっとも有力な学会において信じられている方法で
そこにはそれぞれのパターンに分類された被験者の傾向について書かれてあり
その印刷されたテキストの全体像が
看護婦さんが部屋から出て行ってしまわないうちに浮かんだ
その文章を読む担当医が浮かんだ
その瞳が浮かんだ
裕福な家庭に育ち親の言いつけを素直に守り育った
ハードロックと幼い女の子が好きな彼の瞳が浮かんだ
担当医は夕暮れの喫煙室で他の患者の症状について俺に打ち明けたりした。
『何かしでかしそうなので保護して下さい』と、昔交番に駆け込んだ時に
「君は大丈夫だよ」と、言われたりして
なぜ、俺はいつも大丈夫なのか?


あの子は多重人格でないけ、あれは演技だけ
あの子はじき退院すっで。
実際、一週間後に退院した
プリクラに貼ってあった彼女が迎えに来てて実物のほうがだいぶん可愛かった


田中君は自室で呪文のようなものを止めない
田中君には今週から個室が与えられている
どこかの高校がどこかの高校に決勝戦で敗れりしてた
食堂で将棋をしているおっさんと新入りが一時間まえから同じ体勢を保ったまま固まっている
どこかしらで常にナースコールは鳴り続けた
まだ固まっていない奴らが何かしているのだ
俺は太陽のなかにすべてを突っ込んだ。


自由詩 鳥取大学付属病院精神科閉鎖病棟のおもい出 Copyright 馬野ミキ 2006-02-01 02:39:36
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