カステラ
松本 涼

ある冬の日の午後に
人通りの少ない道を選んで
散歩をした

それは確か 手が
かじかむほど寒い日だった


一時間ほど歩いて
そろそろ家に戻ろうとした時

前方にある電線に
何かがぶら下がっているのが見えた

近づいて見上げてみると
それは君の歌だった


君の歌は端の方が電線に絡んで
タランとぶら下がっていた

少し飛べば届きそうな高さに見えたので
僕はその場でジャンプしてみた

けれど思ったよりもそれは高く
何度ジャンプしても
あと10センチほど足りなかった


諦めて帰ろうかとも思ったけれど
何故か僕はもうすっかりその歌が
欲しくてたまらなくなってしまっていた

一度家に帰って
台になるようなものを
持って来ようかとも考えたが

その間に僕より
背の高い人が通りかかって

君の歌を持って帰ってしまうかもしれない
と思い直した

だからと言って
僕の背が急激に伸びる予定も無く
僕はただ途方に暮れていた


「強い風が吹けばいいのに」

呟く僕の真上で君は歌い続けていた


君の歌はまるで
カステラのような味のする歌だった

僕はうっとりとその歌を見上げ
どうしてもその場から
動けなくなっていた


やがて夜になり朝になっても
君は歌い続け
僕はそれを見上げ続けた

それからどのくらい
時間がたったのか分からない

ある時パラパラと
雪が降り出した


雪は次第に強くなり
僕の足元にも積もっていった

そうして僕は
高く積もった雪の上に立ち

やっと君の歌に
触れることが出来た


僕はそっと
電線に絡みついた君の歌をほどいて
両手で包み込み胸に抱えた

それはほんのりと暖かく
僕は喜びの中で
久しぶりにぐっすりと眠った


そして今もまだ
君は歌い続けている

僕はとても幸せだ





自由詩 カステラ Copyright 松本 涼 2005-12-13 21:17:04
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