『9月11日の線香花火』
川村 透

--少女の前に突き出されていた花火のうちのひとつが
ひくひくと火花を痙攣させて果てた
 
藍色の少女には、
次から次へと灯を移し代えられていやいや燃えている花火が
ただのモノクロの火花にしか見えなかった。
蛇のような筒から吐き出される炎の生臭さ
吐き気を催すような匂いと煙が
厭わしくてならないと、
少女は誰かにわかってもらいたかった。
 
それなのに少女は
蛇に魅入られた蛙のように炎から目をそらすことが出来ないでいた。
目の中の硝子玉に白い火花が巻きついて、焼きついていて
脳髄に刻み込まれたいやな残像の痛みを、涙で清めてしまいたいのに。
その、ほの暗い針のしずくは、あの、不快な心地よさを呼び覚ましてしまいそうで
何か地鳴りのような響きにさらわれてしまいそうで
浴衣の帯のいやないやな、きつくるしさで
まっすぐに立っていられなくて、
夜の、野の底にしゃがみこんでしまう。
誰かが、大丈夫 ?と耳元でささやき
犬のように息を撒き散らしながら星のような湿った指先で、
太い腕ごとおずおずと少女の肩に浴衣に触れる
一瞬、
  
少女の前に突き出されていた花火がびくびくと火花を痙攣させて果てた
 
少女は動かない
ほんのついさっきまで花火が生きていたはずの
うつろな空間から目をそらさずに、いた。
少女に触れていた蒼い腕は、はっとしたように少女の背後にしりぞき
あせったような無骨な衣擦れとセロハンをもみしだくいやな音で
風をかき乱しながらすばやく作業を終えると、さっきと同じように
ライターの耳障りな、擦過音とともに新しい蛇に灯を移して
--ぐいっ、
と少女の目の前に突き出した。
 
--ぶぶっ、
と蛇は舌を嘔吐するように炎を垂れ流し始める。
少女は動けない、それから
いかにも厭わしいといった風で眉をひそめ、まばたきもせず、
ますます硬く小さく体をちぢこませ、
錆びついたカラクリ人形みたいにゆっくりと浴衣の腕で自分を抱きしめる。
大きな馬のような影が背後からやってきて
少女の間近すぐ隣、ふれあわんばかりのところにしゃがみこむ。
新しい蛇を太もものあたりから突き出し、燃え盛り震えている蛇に押し付けると
火花は一気に倍以上に膨れ上がり煙と臭気が少女の頬にまとわりついてくる。
モノクロのペチカ寒々と燃える中空の蛇の、筒
燃え尽きた死骸たち死屍累々、草むらに倒れているその上から降り注ぐ
容赦のない轟音、雪崩落ちる火の雨に打たれ
少女は筒の中に棲む蛇の目をした小人のことを想う。
 
--さくり、
と筒を押し開くと果実のように火薬をひとつぶ、ひとつぶ抱きしめた女たち
緋色の浴衣をはだけ臨月のかぐや姫の嗚咽
しゅうしゅうと爬虫類じみた鳴き声をもらし
生きながら焼かれる喜びと産みの苦しさにもだえながら
韻律のように熱い花に生まれ変わり生まれ変わりして
蛇のなめらかさで筒の螺旋をすべり降りてゆく。
生まれ来る炎は、ぱちぱちと拍手によって呪われてでもいるようにはじけ跳び、
かつての住処の上に
ばらばらの死骸のおごそかさで福音とともに降り注ぐ
ばらばらの死骸がおごそかな、福音とともに降り注ぐ
 
 
------おおお赤いテロル白いテロル砂のテロル
灰色の粉塵目蓋の裏、軍人どものウォー・クライ脳髄は蛍のように
かぼそい明りの中垂直にそびえ輝く矩形の歯磨きビル、ダイヤゴナ
ル・チューブ摩天楼に棲む番いのゴーレム手に手を取って盲目の双
子たち泥まみれの、$、$、DOLL喉まで詰め込まれアナルをF
IXする砂漠の砂、砂、砂、白銀のペニス翼広げ菱形に舞う天空の
コルク抜き心臓抜き赤い血糊は噴煙を七色にゆらめかせる------------
 
一瞬、
少女の前に突き出されていた花火はびくびくびくっと火花を痙攣させて果てた
 
蛇の筒どもはすべて地に堕ちた竜となり果てた。
かつて明るかった闇の子ら
蝙蝠のふりをした天使が匂う火薬の、野原で
白い煙と残り香の中、
少女はとうとう厭わしい慕わしさに耐え切れなくなり
隣に伏す犬のような影の男の股間に、甘く震えるその指をそっと添えてみる
男は身じろぎもしない。
浴衣の硬い肌ざわりの奥の奥の双頭の蛇硬く、しだいに硬く育つ気配とともに少女の
もう片方の手にはいつしか灯火を移された線香花火が微笑み始めていた。
火花をもみしだくとともに犬のような息が荒くなり星のように湿った男の
指先が少女の硬い浴衣の襟元にひとつ、
またひとつと星型の模様を刻み込もうと、爪を立て始めている。
金平糖がささやくようにひとつぶ、またひとつぶずつ星たちが地上にあまねく降り注ぐ
暴力のように愛撫のように赤く甘く白く。
 
少女は体の芯に、あの、
不快な心地よさが、じくじく、と呼び覚まされてくるのを感じながら
蛇の筒の中ひっそりと目を開く、火薬にまみれた、かぐや姫のように
浴衣の硬い肌ざわりの奥に消えてゆく緋色の玉になってしまいたいと
帯が子宮に食い込むくらい、小さくかがみこむ
帯が子宮に食い込むくらい小さく小さくかがみこむ
 
赤い線香花火、緋色の灯火、その最後のひとひらが地上から消える時、
蛇の裔たちは火薬のゆりかごの中
草むらのしとね、二度と目覚めない甘い眠りに抱きしめられる
 
--ほと、
と赤い玉が草むらに降りた
 
少女が男の横顔にキスを、して
蛇のような遊びがまた、始まる。

 

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【履歴】 @nifty現代詩フォーラム //Z a m b o a セコンド
Poetry Japan / ライブラリ時事登録//
Poetry Japan / 2003/7/11デイズポエトリー掲載
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自由詩 『9月11日の線香花火』 Copyright 川村 透 2003-07-11 15:31:43
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