聖夜のためのディミニッシュ・コード、失敗作ヴァリアント
佐々宝砂

不協和音ではないのだと学んだ。
あれはいくつのときだったろうか?
確かに冬のことだった、
安アパートの小さなオルガンは、
不安げな和音を奏でてきしんだ。

夜。親密な顔した夢が僕の床に降りてくる。
鈍色の天使が石の翼を波打たせる。
僕はこの廃園を知っている。
この廃園に緑あふれ、泉が湧き、
女たちの嬌声が響いていた時を知っている。

僕の薄っぺらな毛布の奥にまで、
冬は確実に浸透している。
この部屋のどこにも緑はない、
泉もない、女たちの嬌声もない、
だが僕の耳について離れない声。

技巧的な装飾音をちりばめて、
繊細に神経質に歌い上げる、
そのソプラノ、
女のものではない、その、ソプラノ、
黴の生えたSPレコードから響いてくる、

否。それを歌っているのは、僕だ。
悪い夢にうなされているのか、
甘い夢に酔っているのか、
ひらひらとトリルを聴かせれば、
女は陶酔して叫ぶ。男は後で忍んでくる。

否。僕は、そんなこと、していない。
優雅で華やかなカデンツァなど、
この僕はきらいだ。
僕が愛したのは、僕が学んできたのは、
甘いだけの恋の歌なんかではない!



***

このあと続かなくなったので、失敗作なのでした。


未詩・独白 聖夜のためのディミニッシュ・コード、失敗作ヴァリアント Copyright 佐々宝砂 2003-12-21 01:42:33
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