あの子の お口
千月 話子

薄紫の和紙に 小さなお山のように盛られた氷砂糖を
壊さないように 天辺からそっと摘まんで
可愛らしい唇に つん と付けては
何となく冷たい感触を味わうのよ あの子は。


口溶けは 冷やかした水の塊り
向こうっ側が透けて見えるから
発音の丸い苔桃の実を置いてみて
「それは、きっと甘いのよ。」と舌先に暗示
もしも 想像と違っていても
ふぅ と息を吹きかければいいの
ふぅ とモヤが全てを消した 舌


陽炎がそのうち忍び込んで来て
ゆらゆらと 砂糖菓子揺れて 雪解ける


3粒を違う情景で食べて、それで
薄青のガラスケース越しに空を見たら
世界はきれいな 晴れだった。

 身も心も爽やかな 今日は縁側の風鈴日和



白桃に頬擦りして 口角でキス
冷蔵庫 開けっ放しにしないで下さい。
並べられた もも もも もも から
甘い香り立ち昇り あの子のお家は桃の家
北の窓からそよ風が そぅ と入り込んで
桃の実をかじって逃げた 南の窓へ
偶然 ピンクのカーテン揺らして。


お嬢様は きれいに桃をお食べになるの
ナイフとフォークを器用に使って
切り分けられた皮と実と種の対比
『切ない:可愛い:醜い』を並べて 
少し実の付いた種の正体を口の中で剥がしゆく
程なく現れた 赤いアバタに
「お化粧がお上手ですね。」と皮肉ってみたけれど
口に残る甘やかな風味に諭されて
ほんのり切ないのよ あの子は。
(早く実を食べて、美味しいと言ってあげて)


窓辺から見上げる空が変化して 群青
鮮やかな夜に良く見える 月のクレーターが
異世界に連れて行くよ 星に乗って
少しずつ大人になって行くのだと思いながら

 見つめる今日は 銀盆の月 日和



昨日見た外国映画の少年に恋をしたみたい あの子は。
まどろんだ横顔と 右手でピアノを弾いていた
途切れ途切れの『エリーゼのために』
今は、誰も居ないから ひとり
テーブルに左手と左頬のせて 指先で真似る

らら らら らら ららら 
 口元が 幸せそうに。




自由詩 あの子の お口 Copyright 千月 話子 2005-08-12 00:05:34
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