2100年宇宙のクリスマス
みつべえ

 昨夜パーティで食べたものが悪かったのか、どうも腹の調子がおかしい。ひどい下痢だ。朝から何度もトイレに通っている。宇宙空間でクリスマスなどやるもんじゃないな。ズボンのベルトを締め直しながらトイレから出ると、展望室につながっている廊下の方から船長のクラークが近づいてきてタバコを差し出した。
「いらないよ」
 私は手のひらをふって言った。
 クラークは自分のぶんだけ引き抜き、タバコのケースを胸ポケットに戻した。口にくわえたタバコは自動的に発火し、彼は最初のいっぷくをうまそうに喫った。
 その煙にむせた私は内心毒づいた。
 なんて野蛮なヤツなんだ。喫煙が地球上で禁止されてから何十年もたつのに。パイロットという種族は鼻もちならないな。宇宙に出れば何でも自由だと言わんばかりだ。
 そんな私の心を見透かしたのか、長身の船長は満面にシニックな笑みを浮かべて言った。
「これは失礼。惑星居住者はタバコがお嫌いでしたね。しかし私のような職業はストレスがたまるんですよ。なにしろ、この床の下は虚無があるばかりですからね」
 彼は芝居じみたポーズで大理石ふうにコーティングされた床を踏んでみせた。
「完全管理システムで何もかもフォローしてくれる地上では、ストレスなんて言葉さえ死語でしょうがね。でも、ひとに聞いた話ですが、このごろ地球は熱狂的な疑似宗教ブームだそうですね。ふしぎな話だ。神秘体験したかったら宇宙に出ればいいんじゃないかと私なんかは思うんです・・・あっ、これはまた失礼。どうも惑星居住者に会うと無性に話がしたくなりましてね。これも日ごろのストレスのせいですかね」
 そう言ってクラークはアハハと笑った。
 私はふてくされた調子で切り返した。
「その惑星居住者っていうのはやめてくれんかね。なんだか差別用語みたいに聞こえるんじゃよ。それとね、何度も言うようじゃが、私の仕事は何じゃね。いったい何だって私はこの船の処女航海に招待されたんじゃね。ずっとそれが気になって体調をくずしてしまったよ。地球上では考えられぬひどい扱いだ」
 すると船長はますます皮肉な表情をして答えた。
「もちろん、このニュータイプ『ハインライン号』の試乗のためですよ、博士」
 私は少しムッとしたので、ここぞとばかり不満をぶちまけることにした。
「はっ、何がニュータイプなもんか。外装も肝心のワープ航法の設備も従来の『E・E・スミス』式と同じじゃないか、いや前よりも後退している。なんで後尾にあんなドデカイ食品庫をつくったんじゃね。あれでは燃料の置き場がない。早晩ガス欠で立ち往生するわい。宇宙エネルギー学の権威として言わせてもらえば、こんな宇宙船を設計したヤツはアナクロニズムのクソヤローじゃ!」
 それを聞いて船長は、今度は大声で笑った。
「いやあ、これは画期的なニュータイプですよ。この新船を任せられて私はたいへん名誉に思っています。あ、ちょうどメーカーの人がやってきました。詳しいことは彼に聞いてください」
 クラーク船長は実にスマートに敬礼すると、規則正しい歩調で司令室の方へ去った。
 彼と入れ違いに宇宙船製造の大手「ファウンデーション」の主任技師アシモフが近づいてきて唐突に言った。
「ご気分はいかがです。なにしろこの船は、あなたが動かしていると言っても過言ではありませんからな」
 そしてまじまじと私の顔を見た。
 「ど、どういう意味かな?」
 私は急に不安になって言葉を詰まらせた。
「この船には既成の燃料は一切積んでおりません。あなたもごらんになったと思いますが、倉庫にあるのはすべて食糧です。今までは燃料と食糧の負荷が宇宙船の速度と耐久年数に重大な影響を与える傾向にありましたが、この新船においてはそれらのデメリットは払拭されるでしょう。あなたの若き日の大発明に、人類の一人として浴する栄誉に私は感謝します」
 アシモフはいつの間にか私の手をかたく握りしめていた。
「ち、ちょっと待ってくれ。何のことだか私には・・・」
そのとき私の脳裏に電光のように昔の記憶が蘇った。
「い、いま若き日の発明とか言ったね、ま、まさかあの・・・」
 そうだ、五十年前、天才といわれながらも貧乏学者だった私は、食うために口から出まかせの論文を書いて企業に送りつけ糊口を凌いでいたものだ。
 その中のひとつに、おお、思い出したぞ、たしか「人糞を超エネルギーに転換するためのいくつかの考察と工夫」というのがあった。
 遠い日の記憶だ。そうか、いまやっと私の想像力に技術レベルが追いついたのか。感慨深いものがあるなあ。目頭が熱くなってきた。
「す、すると」 私は思わず声に出して言った。
「わ、私が便器だとばかり思っていたアレは、人糞を宇宙船の燃料にかえるための装置でもあったわけだ」
 技師アシモフが私の手を潰れるほど強く握った。
「そうです。つまり、そういうことだったのです。この歴史的なウンコウを司る最適任者は、あなたをおいて他にはいらっしゃいません」
 私は喜びに打ちふるえながら技師の肩をつよく抱いた。ありがとう、と言いたかったが、感極まって声にならない。
 しかし、アシモフの次の言葉を聞いて、ほっかりと全身の力がぬけた。
「おめでとうございます、博士。あなたの若き日の夢が、いま、あなた自身の手によって叶えられたのです。そして、そのために私は出過ぎたことと知りながら、ささやかなお手伝いをいたしました。そうです、あなたの食事に下剤を入れたのは私です」
 そして、どこからかクリスマスパーティで使った残りのクラッカーを取り出すと、二人の頭上にかざして、景気よくヒモを引っ張った。

      

メリークリスマス!
いのちある すべてのものたちに
ひとしく 食糧と ユーモアを



※去年「めろめろ」のクリスマス特集に出したものを改題しました。
ちょっと早いけど、メリークリスマス(笑)


散文(批評随筆小説等) 2100年宇宙のクリスマス Copyright みつべえ 2003-12-19 17:25:51
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